2013年6月14日金曜日

青いスカーフ

オーシャンでは明日から
リトルイーグルの展示会がはじまります。
去年僕は夏用に青いスカーフを買いました。
ペイズリー柄の柔らかい生地で、
ちょっと冷たい女の人みたいなスカーフです。
巻くとひんやりするけど、
時間が経つうちに暖めてくれる。
そして一つ間違えると、首を絞められる。

2013年6月13日木曜日

三十路ブルー[下]

昨日は三十代が差し迫ってくると、
突然、何とも言えない悲しさに襲われることを書きました。
別に三十代じゃなくても「何とも言えない悲しさ」なんて、
どの年代の人にもたまにはあることでしょう。
でもそれだと僕がブログを書きにくくなるので、
一応それを〈三十代の壁〉ということにしておきました。

〈三十代の壁〉は突然進行方向を塞がれるという形でやってくる。
車で通勤しようといつもの道を走っていたら工事がはじまっていて、
強制的に迂回をしないといけなくなるように。
自分の望みとは関係なく、一言、
NOと手の平を差し出されて、諦めるしかなくなる。

その突然塞がれる感じは、
二十代の自分は可能性に満ちあふれていると見積もり過ぎたせいで、
クロスカウンターを受けるみたいなものなのか?
自分への期待による足払い。

服屋の中路さんの話しを聞いた帰り道、
僕もそれに近いものを感じていたことを思い出しました。
中路さんにとってそれは交通整備で迂回させられたときに、
突然やってきた悲しみでした。
僕にとってそれは夢でした。

その夢は目が覚めた途端、
「自分が望むことは努力すれば手に入れられる、それは嘘だ」
という救いのない夢でした。

でも、ただ悲しいだけなら、
今でもビビットに思い出せるほど胸に刻まれていないと思う。
悲しいことは忘れようという本能で
(僕はすぐに悲しかったことを忘れる)、
さっさと次のことを考えはじめてるんじゃないか。

この悲しさがお茶漬けのように胸に染みるのは、
諸行無常の鐘の音だからか?
この悲しさは、儚さのことなのか?
もしそうなら気分は何とも言えない気分だけど、
悪いばっかでもなさそうです。

〈三十代の壁〉というふうに、壁と言っているけど、
むしろ穴だったかもしれない。
今まで最終処分所のようなゴミ捨て場に捨てていた悲しさの深さを、
覗きにいくような悲しさが、儚さなのか?

突然塞がれた進行方向、
そのトラ柵の奥は、悲しさのゴミ捨て場だった。
という解釈でもいいですよね?

2013年6月12日水曜日

三十路ブルー[上]

よく行く服屋の「two things & think」の店主と、
三十歳直前のブルーになる気持ち
(ブルーって言い方がなんだか古くさい)
について話してました。
店主の中路さんはこんな思い出話をしました。

「三十目前のときだったんだけど、
おれ東京で仕事をしてて、
仕事帰りで電車に乗ろうと思って駅を歩いてたんだ。
確か夜の八時とか九時ぐらいで、駅は混んでいた。
それで、駅をキップ売り場に向かって歩いてるとき、
突然進行方向に警備員が何人か立って、大声で、

『今から工事をはじめます。
汚れてしまうので迂回していってください』

って言ったんだよね。
その間に作業員たちがカラーコーンを並べていって、
通行禁止の札を立てたり、工事の準備がはじまった。
僕の周りにはたくさんの人がいた。
どうするのかと思っているうちに、
突然進行方向を遮断されたことを気にするでもなく、
迂回する道に向かってみんな行き先を変えて歩きはじめた。
もちろん当たり前のことだよね?
何の不思議もない、当然の成り行きだよ。
でも、僕は動けなくなったんだ。
進行方向が変わって僕の後ろにいる人がつっかえてたから、
僕はトラ柵の端にカラダを寄せた。
すぐ横では警備員が大声でくり返しているんだけど、
僕にはそれがすごく変なことだと思えたんだ。
牧君は笑っちゃうかもしれないけど、ほんとに。

『え? 何で進めないの?』

っていうふうに。
段々その、変だな、と思った感じが分かってきた。
僕はいつの間にかすごく悲しくなってたんだ。
何でそんなに悲しかったのかな?
たぶん、突然進行方向を塞がられるなんて、
考えたこともなかったからなのかな。
汚れてもいいからちょっと隅を歩かせてよ、
っていう気持ちにもなったけど、
そんなバカなことも言えないでしょ。
だから、しばらくそこに突っ立ってたんだ」

僕はこんな話しを中路さんから聞いていて、
「ふーん、何でもなさそうな出来事一つだけど、
そこまで気持ちを揺さぶられることもあるんだなー」
と思いながら、
良いジーンズを見つけて買えたので嬉しい気持ちで帰りました。

でも帰り道にふと、
もしかしたら中路さんが言ったことと同じようなことを、
つい最近僕も感じていたかもしれない、と思い直しました。
それは三十代の壁みたいなものなのか。

2013年6月11日火曜日

フルコース料理教室

昨日は安城の料理教室に行ってきました。
年に四、五回行われるだけのクラスなんですけど、
その内容の濃さは超非日常です。

七十も後半のおばあさんが先生で、
動きはもうだいぶヨタヨタしてます。
飾り用のキュウリに包丁で細工を入れるときも、
手に持った包丁が小刻みに震えて、
「ちょっと手ぇ切っちゃうじゃないすかぁ!?」と言いたくなる。
でもそのプルプル揺れる包丁を動かしてると、
みるみるうちに繊細な切れ目が入っていく。

それから眼の光具合と、同時に複数の質問を聴きとる耳がすごい。
先生から離れたところで馬毛の裏漉し器を使っていると、
「木べらもっと立てて!」
と指摘を受けつつ、
先生自身は両脇にいる生徒に指導している。
「小さじ五分の三はこう!」
「鍋、灰汁取って!」

生徒の数はだいたい八から九人ですけど、
のほほんとした空気はない。
ボーっと突っ立ってしまう人は僕ぐらいで、
みんなスピード感がある。

この教室に通っている六〇歳ぐらいの主婦の人は
「もうここに二〇年通ってるわ」とか、
「私はまだ初心者で5年よ」という人もいます。
いちばん長い主婦の人は二五年通っていると言ってました。
はあ? です。
なんだその単位は。

前回は懐石料理でした
昨日は中国料理です。
例外のないのは、
毎回フルコースだということです。

『中国料理(現代香港風)』
[小皿〕
①甘エビの紹興酒漬け
②ピータンとチーズ
③フォアグラの薫製
④鯛のさしみ野菜添え
⑤アボカドのスープ
[大皿]
⑥あわびのオイスターソース煮
⑦干貝柱と白菜のスープ煮
⑧うなぎの桂花ソースかけ
⑨牛肉のチリソースかけ
⑩ザーサイ入りスープご飯
[デザート]
⑪マンゴーのとろとろ風味
⑫牛乳の衣揚げ

今日のブログはこれで終わりです。
というぐらい字数が稼げるメニュー表です。

昨日はクラスが十時からはじまって、
三時近くにやっと食べることができました。
これらの料理の食材は授業がはじまる直前に、
色んな業者から届けられる。

活きのいいアワビが、
その日の朝にさばかれたウナギがやってくる。
ピータンは横浜の中華街からやってきて、
鶏ガラは内臓を取り出すとこからはじまる。

僕は「うなぎの桂花ソースかけ」の担当に立候補しました。
うなぎのぬめりを取って頭を落とし、
身をぶつ切りにして肝の美味くない部分をもぎ取る。
陳皮とか五香粉をからめて片栗粉で揚げる。
桂花陳酒と桂花醤でソースを作る。
桂花はキンモクセイで、甘いソースです。

授業の密度がかなり濃いです。
他の料理も気になるんですけど、
手の空いたときに手伝う感じで、
基本的には一人一品です。
十年二十年通う人がいるわけです。

すごい教室です。

2013年6月10日月曜日

裸な農作業

新しい家に引っ越してきてもうすぐで二ヶ月経ちます。
平屋の家には広い庭がついています。
元々住んでいた人が庭師だったそうで、
工具や農具が何でも揃っている。

庭には夏みかんと、金柑に、桃の木が植わっている。
名前は分からないけど、
甘い匂いの花がたくさん咲く木もある。
家の周りはすべて植木で囲われていて、
これから剪定したりするのが大変そうです。

引っ越してきてから庭は、
たくさん植わっていた木を何本か抜いて、
今は畑もできつつあります。
大豆とニンジン、ルッコラにバジル、
それと三畳間ほどの小さなハウスの中ではトマトが育っている。

はじめは水やりも五分ぐらいですぐ終わっていた仕事も、
今では雑草を抜いたり、
育ってきたルッコラの間引きをしたり、
トマトの株の身長を高くするために横の葉っぱを摘んだりして、
五分じゃ終わらなくなってます。

今日はまたバジルとルッコラの種を蒔きます。
一ヶ月おきに蒔いて、
いつでも収穫できる体制にしようという計画です。

僕にとって農作業は、
文章の比喩としてのほうが身近だったので、
自分が現実に農作業をしていると変な気分になることがあります。

僕はよく下手な比喩で文章を飾ろうとする。
でも、農作業をしている自分は、
脇芽を摘み過ぎたトマトの株のように、
裸な状態です。

現実に裸で農作業をしていたら蚊に食われるし、
近所の人にビックリされるからそれはしません。
裸な状態、
言葉を経由しないアクションとしての農作業です。

2013年6月9日日曜日

田んぼドットコム

昨日僕はカフェで一日仕事でしたけど、
オーシャンの田んぼのほうでは「田植え祭」が行われてました。
百人近くの家族がいらしたそうで、
そんな数の人を田んぼで僕は見たことないです。

スタッフみんなも田植えをする日があります。
店があるので行ける日はばらばらですけど、
一人ずつ交替で行ったりします。
普段店で使っているお米のはじまりの地点に立とうと思って、
苗を植える。

どこがお米のはじまりかと追求しようとすると
(お米にかぎらないですけど)、
人によってはじまりの地点が変わります。

宮本さんは苗代を作って種を蒔く。
その前にどの種を選ぶか、という問題も出てくる。
すると、どこがはじまりになるんだ?
自分の育てたものから収穫した種からはじめるのか?
それとも、どこか他所から良い種を探してくるのか?

僕はずっと天職のことを、
生まれもった才能とか先天的な技術を備えた人が、
その仕事を探し当てて開花させることだと思ってましたけど、
「はじまりを遡りたい」という気持ちになれることも
同じ天職か? と思いました。

僕は米作りに関しては、
田植え以前のことに遡って考えようとすると有耶無耶に、
グレーゾーンの曖昧模糊状態になってくるので、
やっぱりお米のはじまりは田植えにしとこう、となります。

それでも遡ることと楽しむことはまた別物なので、
参加した子供たちは楽しんでやれたそうで良かったです。
帰ってきた宮本さんも調子が良さそうでした。

「今日の田んぼはどっと人が来てくれたなー、
田んぼドットコム!」
と喜んでました。

2013年6月8日土曜日

海側のほっぺた

ティコピア島には
「あんたの海側のほっぺたに、泥がついているよ」
という言い方がある(『文明崩壊〔下〕』より)
それはいったいどっち側だ?

僕が座っているデスクの右のほっぺた側には
世界地図が貼ってある。
しばらくの間ソロモン諸島の辺りを探しましたけど、
ティコピア島は載っていないようです。

島の面積は5k㎡で、
どこからでも1㎞歩けば海に辿り着くそうです。
そんなところに人間が1200人住んでいる。
それがどれぐらいか、あんまり実感が湧かない。

西尾市には「西尾市健康マラソン大会」というイベントがあって、
それには毎年900人前後がエントリーしている。
3㎞と5㎞の部があって、
僕は小学生の頃どっちも走ったことがある。

5㎞の部を走ったときの思い出は、
きつかったことと完走した所要時間だけです。
僕は市内を30分かけて(たまに歩いて)、
ぐるっと回ってゴールしました。

ここまで書くと、
ティコピア風の海側と陸側という言い方が分かります。
つまりティコピア島には、
僕が走った陸側に1200の人が住んでいるということだ。
内側と外側みたいなことでしょう。

島の北端を時計回りで走っているときは、
右のほっぺたが陸側で左が海側になる。
で、南端までくると今度は、
あ、これも一緒だ。

えー、逆時計回りで走ると、
右のほっぺたが海側で左が陸側になる。
内側と外側とはちがうニュアンスもありそうです。

ティコピア島は小学生が30分かけて走れる場所に1200人。
多いと言われれば多い気がします。
今日はオーシャンの田んぼで田植え大会があります。
100人近く集まるそうで、
みんなで同時に苗を植えたら80回で終わってしまうみたいです。

今日は絶好の海側日和りで、
山側日和りにもなりそうです。