2013年10月14日月曜日

秋の太陽と音楽

今日は祝日(体育の日)で、オーシャンではイベントがあります。
レゲェとハワイアンのライブで、
ピッツェリアも営業します。
天気も絶好の秋晴れ予報で、良い一日になりそうです。
日没までイベントは行われてますので、
月曜日休みの人、祝日休みの人この機会にぜひ遊びにきてください。

昼間は半袖短パンでいいと思いますけど、
夕方は最近涼しいので、
あったかい系グッズもあったほうがいいです。

同じ太陽でも、
夏と秋では顔がちがいます。
夏は空という空を独占するぐらいオレが太陽だという感じですけど、
秋は太陽が少し下がって空はキミだという感じで空を照らしてます。

太陽が少し控えたので、
今日は掛け布団を夏用から春秋用に変えました。
朝のコーヒーは先月からホットになってますけど、
家にいるときは靴下を履くようになって、
上着も着るようになって、
シャワーだけから風呂に浸かるようになってます。
次は焼酎をお湯割りにすると思います。
一日ごとに秋冬スタイルに移行してます。

2013年10月13日日曜日

午前二時のラーメン

夜の十時に寝て、
午前二時に空腹で起きる。
夜中に台所を探ると、
[マルちゃん製麺 冷やし中華]が出てきた。
だけど食品棚のあるべき場所に戻しました。
今はもう夏じゃない、と思った。

その横には[寿がきや みそ煮込うどん]があった。
僕はその茶色のパッケージを二秒見つめて、
午前二時に味噌で太麺のうどんはヘビーだ、と思った。

次にバリのお土産で緑色のパッケージの
ラーメン系のものを見つけた(文字が読めず何味か分からない)。
変な外人にからまれた感じがして、
僕は目を合わせないようにした。

インスタント食品のコレクションを探っていると、
下から「キリンラーメン しょうゆ味]
がワンパックだけ出てきた。
僕は水を入れた鍋を火にかけた。

秋のひんやりした午前二時の空腹は、
冷たい冷やし中華でも、
濃くて太いうどんでも、
リスクのあるバリのインスタントラーメンでもなく、
ベーシックなしょうゆ味を望んでいました。

「闇の中に葬り去った記憶」という言い方がありますけど、
午前二時に食べるラーメンはまさにそれと同じで、
「空腹の腹にラーメンを葬った」という感じがあります。
朝起きたら、
ラーメンを食べたことはおぼろげなんですけど、
そのときの空腹感だけはトラウマのように記憶をえぐっています。

ラーメンを食べているうちに気が付きました。
十時に回した洗濯物をまだ干していなかったです。
おはようございます。
靴下はまだ湿気っています。

2013年10月12日土曜日

ピッツェリアでモーニング

・今日はカフェのほうが結婚式で
一日貸切りとなっていますけど、
モーニングはピッツェリアのほうで出しています。
パニーニとスコーンを用意していますので、
いつもとはちがうイタリアンな朝を楽しみにきてください。

テラス席には秋の涼しくなってきた風が吹いて、
ぽかぽかと気持ち良いです。
そこでパニーニを食べればたちまち三河湾が
地中海と入れ替わる錯覚も味わえます(意識的な個人の努力で)。

・今は若くて柔らかいルッコラがたくさん収穫できます。
そのピリッとして甘い味が生ハムと合います。
ルッコラに生ハム、それとパルミジャーノをゴロゴロ載せたピザの
[プリマヴェーラ]がおすすめです。

今は秋ですけど、プリマヴェーラはイタリア語で春という意味です。
生野菜に生のチーズといった、
火を通してない具材をふんだんに載せた感じが春っぽいので、
そういう名前が付けられたそうです。

春先も気持ち良いですけど、
今日は秋先な気持ち良さです。
みなさんもよい朝が過ごせますように。

2013年10月11日金曜日

金曜日の激流

一つのことに気持ちをかけ過ぎて、
他のことが目に入らなくなるということがある。
僕にはよくある。
他の人の意見をあまり聞き入れず、
押し寄せてくる衝動に飛び込んでしまう。

反対されても頑なにエゴを守ろうとするし、
何で賛成してくれないのかと熱くなる。
客観的に見れば、自分のエゴや衝動で損をしているし、
一時の激流がゆるやかになるのをガマンするだけで
川は以外と狭くて岸辺で休憩できると気付くのに。

でも当の本人はそういうことに気付かない。
現実の流れを見れずに溺れてると思ってブクブクしてるか、
体力を使い果たして泳ぐことを諦めるかして、
岸辺に上がろうなんて考えつかず土左衛門が成れの果てです。

怒りの激流、
恋の激流、
生活や仕事の激流、
とにかくすぐに激流を起こすような川は狭い川で、
そういう人間は心が狭くなってると思う(というか自覚します)。

昨日保健所の講習会にいるときほぼ日手帳を開いたら、
ミュージシャン田島貴男の言葉でこういうことが書いてありました。

「力って、入れるばかりじゃだめなんだよなぁ、
入れるのは簡単なんだよなぁ、ってつくづく思ってます。
きっと、歌だけじゃない。もしかしたら何でも
『力を入れる』ことより『力を抜く』ことが大切だ」

保健所の講師の女性がこう言っているところでした。
「手を洗うときは指先から手首にかけて、
五〇秒を基準に二回繰り返しましょう。
洗ったところから細菌はまた発生してくるので、
一時間置きに手洗いをするのが望ましいです」

“手の話しをしているときは、
みんな机の下で手をもぞもぞもみ合う”
と僕は手帳にメモしました。

2013年10月10日木曜日

衛生責任者としての心構え(まだなってないけど)

今日はお店には僕のピッツァ先生のアッキーさんが
一日僕とチェンジして入ってくれます。
ぜひこの機会にエンターテイナーのピッツァを食べにきてください。
僕はどこに行くかというと、
「食品衛生責任者養成講習会」で保健所に行ってきます。

こういう公的な認定を受けると人はつい強気になってしまう。
晴れて責任者になったあかつきには、
僕は偉ぶってまず、
腕を組んで上から目線が基本になるかもしれません。

昔、僕が十代の頃に遊んでいたコウジという友達が
リフトの資格を取ってきたときにこう言いました。
「やっぱ資格だね、食いっぱぐれがないからさー」
とタバコをふかしながらちょっと遠くを眺めている姿に、
何の資格もない僕は負けた気がして
なんだか悔しかった覚えがあります。

うちのおじいさんは生前、
西尾市のアーチェリー協会の協会長だったんですけど、
協会員に配るアーチェリー認定証のカードを持っていました。

僕はリフトの資格に対抗して、
その認定証のカードの束の中から一枚抜いて、
空欄に自分の名前を書き込むと、
コウジに見せびらかしに行きました。
カードを見たコウジはこう言いました。
「それって、食っていけるの?」

おじいさんに付いて二回だけアーチェリーで遊んだだけで、
的に当てるのも微妙な腕前ですから、
「食える」わけありません。
僕は帰り道にその認定証のカードをほかってきました。

衛生責任者になっても「食える」能力は何も身に付かないですけど、
いつかコウジにあったらこう言おうと決めています。
「厨房以外にも人が不潔か清潔かは判断できるようになった」と。
だいたいコウジという男はリフトに誇りを持ち過ぎていて、
いつも安全靴を履いているような男で足が臭かったのです。

「それって、食っていけるの?」
と言われる前に、
「きみ、水虫菌に食われてるんじゃないの?」
と指摘してやろうと思います。

2013年10月9日水曜日

フリンジを見る

『FRINGE』のファイナルシーズンを見はじめました。
このドラマは最初のシーズンからずっとですけど、
天才のウォルター博士がLSDの神秘さをアピールし続けてます。
アメリカのドラマはこういう反社会的な価値観を
笑いのネタにできるところが日本のドラマにない面白さです。

2036年の未来のスラム化した街で、
猫除けみたいに紐でぶら下がったCDを引きちぎり、
古いアメ車でYazooの『Only You』を聞きながら
敵に復讐しにいく。
そういう感じではじまりました。

2013年10月8日火曜日

道王の道道

道王。
それは飽くなき好奇心を持って、
迷ったり行き止ったりすることも厭わず、
未知なる道を選ぶ人のことで、
「誰よりも道が好きだ」と言える人に与えられる称号です。

幸運にも、僕の身近には道王がいます。
道王が近くにいるということは、とても幸運なことです。
(文法を反対にしただけですけど)

同居人の荒川くんが道王であることを知ったのは、
つい最近のことでした。
どこかに行くとき、迷いません。
遅刻しそうなとき、遅れません。
訳の分からない道に突入し、いつもの道に飛び出す。
遠回りをしているかと思いきや、近道だった。

「道が好きだ」
道王がふとそう言うとき、
彼の顔は輝いています。
僕はもう、道のことで横からとやかく言うまい、
とそう決めました。

道王とは道で哲学する人である。
T字路に人生の教訓を見つけて
(左か右で迷ったら行ったことの無いほうへ行こう)、
ヘアピンカーブで人生の安楽を見出す
(流れに逆らわないで進む気持ちよさが良いんだ)。

つい先日も道王の格言を頂きました。
いつものように道王は僕の知らない細い道に入っていった。
対向車が向かってきたので、
彼は車を横に寄せて停まり、こう言いました。

「道をゆずっても早く着けるのが道道(みちどう)。
他人を追い抜いて早く着いても仕方がないのだ」

は、ははー!(平伏す)なるほどそれが道道ですね!
ニーチェの綱渡り哲学では追い越された者が
墜落して死にますけど、
道王の車道哲学はすすんで追い越してもらって生きる道です。