2013年1月31日木曜日

オリジナルアクセサリーを作る

今週の金曜日からガラス雑貨の展示会がはじまります。
2日と3日はガラス作家の方がオーシャンに来て、
オリジナルアクセサリーを作るワークショップが行われます。

もうすぐバレンタインデーもあることなので、
プレゼントにいいかもしれないです。
数字とかアルファベットを好きに組み合わせれるみたいです。

オリジナルアクセサリーといったら中学生の頃を思い出します。
修学旅行で行った原宿。
原宿の路面店で待ち構える店員どもは僕らのことを
鴨ネギのように見ています。

あるやつは路面店でぼったくられないように
穴場を見つけると言って裏路地に冒険に出て、
即カツアゲ、残り二日間文無しデイズを送ることになりました。

そして別のやつは道に商品を並べた怪しいオッサンから、
2500円の十字架のネックレスを
2300円で買ったといって喜んでました。
それが革ひも50円、十字架200円で、
近くのアクセサリーショップで別々に売っているとも知らずに。

そんな欲望の街・東京をかきわけて、
僕の目的ははただ一つでした。
噂に聞いていたブレスレットに字を彫ってくれるという
アクセサリーショップです。

僕はバスを降りて真っ先にそのショップを探しました。
ハイエナのような路面店の店員を無視して突き進み、
僕はそのショップを見つけると
そこで買ったブレスレットにこう彫ってもらった。

「I LOVE YOU」

誰かにあげるわけでもないので、
今思うと、なんだそれ、です。
ですけど、当時は尾崎豊の影響か分からないですけど、
とにかく彫ってもらうといったらアイラブユーでした。

どうですかみなさんもオーシャンに、
ガラスのアイラブユー、
並べにきませんか?

2013年1月30日水曜日

西幡豆レポート②

昨日は〈幡豆の今と昔〉を調査するインタビューで、
大学4年生の石川活利くんに話を聞いてきました。
活利くんは丁度大学の卒論で
同じようなテーマについて書いていたので、
「地元」について深く語ってくれました。

卒論を見せてもらいましたけど、
ちゃんとしたアンケートをとったりしていて、
それはもう立派な研究となっていました。
幡豆町が西尾市と合併したことによる変化について、
利点と損なわれてしまったことが明確になっている。

しかし、
活利くんにはもしかしたら申し訳ないかもしれないが、
僕がいちばんおもしろかったエピソードは、
活利くんが保育園ぐらいの頃に中学生のお兄ちゃんが、
彼女と風呂に入っているのを母に見つかって怒られた、
という話です。

「ねー、母ちゃん、何で兄ちゃん風呂に入っちゃいけねーの?」

活利くんはもう少し大人になるまで
その原因を理解できませんでした。

2013年1月29日火曜日

冬が二倍冬になる映画

昨日は『竹山ひとり旅』を見ました。
冬の夜に見て、
これほど寒々しい気持ちになる映画もそうはありません。
監督は新藤兼人で1977年の公開。
三味線の名人の実話ストーリーです。

ひたすら雪景色。
95%雪景色です。
冬の青森と冬の北海道、
つい見ているこっちも暖房を強くしてしまう。

三味線弾きの竹山はボサマと呼ばれる業で、
家を一件々々回って玄関の前で演奏して、
それでご飯や芋や汁をもらう。
もらえる頃には体中に雪が積もっている。

それにしても、青森に住む竹山がボサマとして稼ぎに出るとき、
冬の寒い季節にも関わらず南に下るのではなくて、
北海道に上っていく。
なんでわざわざ寒い場所に行くのか?

寒い場所の方がボサマとして食い扶持が稼げるのか。
雪が降ってるからみんな家に閉じこもって、
電気もない陰気な気持ちでヒマを持て余してる。
そこに三味線を鳴らして歌を歌うと、
何かあげたくなったり家に入れてあげたくなったりする、
そういうことでしょうか。

この映画でいちばん引きつけられるのは、
出てくるご飯がやたらと湯気を立ててうまそうに見えることです。
寒いせいであったかいものがまっ白に湯気を立てる。
竹山が浜のボロ小屋で野宿をしているときに、
焚火の上に鍋を置いて米を炊き、
みそ汁を作る場面があります。

鍋の沸いた湯の中に、
腹巻きから取り出した味噌の塊(目視で500g)を放り込んで、
これまた下駄ぐらいの大きさの豆腐を
外で拾ってきた長い木の板でぶつ切りにして、
鍋に放り込む。
これを木の板でぐるぐるかき回す。

できたみそ汁を錆びてまっ黒になった空き缶ですくって飲む。
米は帆立貝の殻のようなものをお椀の代わりにして食う。
この寒々としたボロ小屋に白い湯気がモクモク立って、
数少ないからだのあったまる場面に若干ほっとできる。
でも、そういう食べ物を食べる時間以外の95%は寒そうです。

2013年1月28日月曜日

一年

今日でこのブログを書きはじめて丁度一年が経ちました。
マンネリと、
このブログに意義があるのかないのかという葛藤と、
単純に書くことがないという悩みで、
毎日が格闘です。

今は一日に平均50アクセスあります。
僕としてはビックリです。
スタッフブログとしての情報らしい情報も書いておらず、
批評精神はなく好きだったものしか書かず、
話題になることといったらスタッフの恥ずかしい話ぐらいです。

ヤーマンは年齢は若いけど、
見た目も中身も初老に達しているとか。
りょうちゃんはなぜか仕事で一日五回以上はミスをするという
ミスッテリー(ミス+謎)を抱えていることとか。
宮本さんのマイブームが「東京ドーム一個分」ということとか。
「東京ドーム一個分うまいね!」
「東京ドーム一個分良い女だね!」

でも、一体こういうことを誰が喜んでくれるんだろう。
むしろスタッフは何を書かれるのか心配して、
「ちょっとこれは書かないでよ!」
とよく念を押してくるようになり、
どことなく僕への打ち明け話が減ったような気がします。

数人(片手で数えれる)の方は、
書いたネタについて会話したりするので想像できます。
でもそれ以外は分かりません。
オーシャンに来たときはぜひ声をかけてください。
デザートを一つ無料で進呈・・・
とはいきませんけど、すごく喜びになります。

こうやって誰かが見てくれることは、
僕の励みです。
嬉しいです。ありがとうございます。
今年も続くかぎり続けていくという曖昧な予定ですけど、
また読んでください。

2013年1月27日日曜日

恥ずかしさに耐えて

・昨日は学校の授業に日帰りで東京に行ってきました。
先週受けたトラヴェルライティングの合評会です。
富士屋ホテルを一日見学して、
それを旅行記に1200字から2000字で書いて
まとめるという内容でした。

合評会は一人ずつ自分の作品を読み上げる。
自分の書いたものを人前で読むのは恥ずかしい。
ブログだから書いていられるっていうのもあります。
でも山口由美先生はこう釘を刺す。
「恥ずかしいと思うか思わないかがプロの壁です」

その場で読むまでは「これは誉められるな」と、
かなりの自信を持っていきます。
でも、いざその場で音読すると「これはダメだ」と、
読んでる途中に気持ちが反転して汗が吹き出してきます。

読み終わると先生がコメントをくれます。
自分が良いと思ってたところは悪くて、
悪いと思ってたところが良かったりする。
このギャップを短くしたいと思う授業になりました。

・今日はモーニングヨガの日です。
少し前に出勤したときヨガ中にも関わらず、
大声で「オハヨーゴザイマース!!」と店の扉を開けて、
恥ずかしい上に迷惑なことをしました。
人生は恥ずかしさに耐えないといけない場面がたくさんありますね。

2013年1月25日金曜日

口笛の可能性

みなさんは口笛でドレミファが吹けますか。
僕は吹けません。
その前に、
自分が今どの音階を吹いているのか、
それが音痴の僕にはよく分かりません。
人はカラオケでよく「あ、音外した」と言いますけど、
その正解の音はどうやってみんな理解してるのか、
それもよく分かりません。

ということで今、僕は口笛でドレミファを練習してます。
何でこういうことになったかというと、
音楽をやるスタッフのイサムシくんが
〈口笛の可能性〉について語ったからです。

「最近風呂に行くと口笛を吹いてるんだよね。
それが歌を歌うよりも気持ち良くてさー」

色んな動きや音が複雑にからまる歌よりも、
一本の音となって発せられる口笛の反響音の方が
自分の耳でちゃんと聞くことができるそうです。
リフレクションがダイレクト、だそうです。

イサムシくんは気持ち良さとしての〈口笛の可能性〉でしたけど、
僕にとっては音楽の授業としての〈口笛の可能性〉でした。
口笛で自分の未開発な部分に触れることができそうで、
ワクワクします。

まずはドレミファの七つの階段を、
同じ幅で上り下りすることが目標です。

ひとまずのところ問題は口笛どころか、
まだ空気しか漏れてこないことです。
フー、フー、ピュー・・・フー。

注意したくなる映画

「人はみんな罠にかかっていて、
それから逃れることはできない」

ヒッチコックの『サイコ』を見ました。
主人公と思っていた人物がすぐに死ぬ。
たぶんこれは珍しい型の映画のストーリーです。
物語を作る人は「どうやって主人公に感情移入させるか」
ということを考えながら書くと僕は思ってます。

主人公のいない物語はあんまり見当たらない。
主人公に共感できるからこそ物語に引き込まれて、
泣いたり笑えたりできる。
そういう共感がないとずっと醒めたまま映画を見ることになる。

知らない人の写真アルバムを見てもおもしろくないように、
次々に中心人物が変わる物語は没頭しにくいと思う。
でも『サイコ』は共感ではなくて、
登場人物たちに「気をつけて!」と注意したくなって、
いつのまにか物語に引き込まれる。

「気をつけて!」と言いたくなる場面がとにかく多い。
これが主人公かと思っているとすぐ死ぬし、
悪役にスポットが当てられている。
だけど、その悪役が出てくるまでの前置きも長い。

つまらなくなりそうな要素がたくさんあるにも関わらず、
それ以上に「次にどうなるか分からない」
というサスペンスを常に漂わせている。
爪を切ったりアイロンをかけたりするのも忘れる
「気をつけて!」感を味わえます。