2016年10月28日金曜日

ディテールの追求

常連の三浦さんはいつもSUP(スタンドアップパドルボード)の帰りに
モーニングに寄ってくれる。
早朝ひと運動して朝食を食べて、お昼頃までゆっくり読書をして帰るという、
絵に描いたような理想の午前中の過ごし方をしている。

ぼくは毎度三浦さんにディテールを追求する精神にズバリと切られている。
素晴らしい本には必ずディテールが詳しく書かれている。
細部にこそ精霊が宿ると、とある小説家も言っていた。

これは先月のある天気の良い土曜日のことでした。
まだまだ暑くて、
週末にもなるとSUPやカヤックを使って海で遊ぶ人も多い。
この日、早朝は穏やかで日が昇りきって九時ごろになると
突然強い西風が吹きはじめて、
ちょっとしたら三浦さんがやってきた。

「もークタクタ!」ぼくの顔を見るなり三浦さんはいった。
「風が強いですもんね」とぼくが返事をするとすかさず、
「違うんだって!」と制止させられた。
「朝起きたとき、すげーいい天気だったんだわ。
こりゃ絶好の海日和だと思って、ウキウキして車にボードを積み込んでさ、
鼻歌気分で車で走ってきたの。
で海に着くじゃん。そしたらちょっと風が出てきたのを感じたんだよね。
あれ、これどうなっちゃうの?なんて思ったけど、
ボードも車から降ろしたしさ、もう入るしかないでしょ(海に)。
んでヨッシーに(近くの店のツアーガイド)に会いに行こうと思って
西浦のマリーナまで行ったんだわ。
だけど着いたらヨッシー休みじゃん!
なんだよと思って戻ろうとしたらいきなり風が吹いてくんの、
逆風で風超強いじゃん、ぜんぜん進まないからさ、もうクタクタ!」

やっぱり風じゃん!とぼくは内心叫んだ。
しかしすぐに落ち度はぼくにあるかもしれないと考えた。
三浦さんのクタクタ感を
「風が強い」の一言で簡単に表現したのが違ったのかもしれない。

また次の土曜日。
この日早朝から海は凪いでいて、
波のまったく無い水面は寒天のようにぷるんとして平らだった。
朝からお客さんのスナメリ目撃情報でフィーバーしていた。

「今日めちゃくちゃスナメリいるじゃん!」
三浦さんは入ってくるなりテンションが高かった。
なのでぼくも「今日は波がないですもんね」と返事をしたのだがすかさず、
「違うんだって!」と制止させられた。
「梶島まで行く間に十匹も二十匹もスナメリが見えたよ、しかも家族で!
朝から曇りだったでしょ?
はー、なんか気分上がんねーなーと思って来たんだわ。
そしたら、もう海ペッタペタじゃん。
一漕ぎで進む進む。だけどこれじゃ簡単すぎるんだよね。
ちょっと波があってバランスを取りながら身体を使うのがいいんだって。
それにしてもさ、スナメリがうじゃうじゃいるね。
波がまったくないから、そこら中で見えるんだって!」

やっぱり波じゃん!ぼくは再び内心で叫んだ。
しかし、これもスナメリで気分が上がっているところを、
ぼくが「波がないですもんね」と
一言で済ませてしまったからいけないのかも知れない。

これから三浦さんに返事をするときはワンセンテンスじゃなく、
びっしり十行分ぐらいの返事をしてみます。

2016年10月19日水曜日

三度のパンク

今年ぼくのスマートは三度目のパンクをしました。
もちろん一年の間に三度パンクするのははじめてで、
まだ今年も数ヶ月あるから四度目の可能性も秘めている。
人から嫌がらせに穴を空けられたわけではないのがせめてもの慰めです。

最初は一月だか二月のまだ寒いときのこと。
仕事が終わって店を出て五分ほど走るとなんの前触れもなく
(パンクに前触れがあるといいんですけど)
「バタバタバタバタ」と音を立てはじめた。
ガソリンスタンドが100メートル付近のところにあったので、
そこまで慎重に動かして停めさせてもらいました。

そこのスタンドには丁度ぼくの学生時代からの先輩がいて給油中でした。
パンクの騒音を立てて乗り付けたぼくに気付きました。
そして地元では顔が売れているその先輩はタイヤ屋さんに電話をしてくれて、
その三十分後にはスマートの右後輪のタイヤが交換されて
ぼくは家路につくことができました。

たまたまその先輩の五分ほどの給油中に乗り付けて、
その先輩が馴染みのタイヤ屋さんを知らなければ
おそらくぼくはスタンドに車を置いて迎えを呼ぶことになっていました。
時間は夜も七時を過ぎてスタンドもタイヤ屋さんも
まもなく店を閉めるところだったのです。

パンクという不運一つに対して、
三十分後には修理まで漕ぎつけることができた幸運は
三つか四つの連鎖状のもので、
むしろラッキーな気持ちで帰ることができました。

次は左後輪でした。
朝、七時ごろ家を出ようと車を発進させると、
すぐに違和感を感じたので見ると左後輪がペシャンコになっていました。
ぼくはすぐに職場に向かわないといけなかったので、
スマートを置いて妻の車で向かい、
同じタイヤ屋さんに連絡をして出張修理をお願いしました。
鉄の破片を前日踏んでいて、
夜の間に空気が抜けていたのです。

三度目の今回が右前輪で、
店からの帰宅途中で家から十分ほどの交差点でタイヤがバーストしました。
大きな破裂音があったわけではなく、
信号待ちをしていて走り出そうとしたら突然またバタバタ言いはじめたので、
このときぼくはもう戸惑うこともなくパンクだと判断し、
歩道の広い場所に寄せてぼくもお馴染みになったタイヤ屋さんに電話をしました。
しかし時間はもう八時を過ぎていて誰も出ません。

仕方なく妻に迎えを頼もうと連絡しても応答がありません。
ついにここで「パンクしてもすぐに誰かに助けてもらえる運」も尽きたと、
荷物を車から運び出してとぼとぼ歩いて帰りました。

翌日、再び出張修理をお願いすると、
「前輪二本はもともと劣化していたので合わせて交換しましょう」
と結局一年も経たないうちに四つのタイヤすべてに
手をかけることになりました。

ところで、ぼくはパンク自慢をしたいわけではなく、
この三度のパンクを書きはじめれば深い関連性をもって
文学的な価値が生まれるんじゃないかと期待していたんですけど、
ダメでした。
ただのバラバラな三度のパンクでした。

しかしまったく無価値なブログでは
アップしないほうがまだマシと言われかねないので、
一つだけパンクタイヤの有益な使い方を教えます。

このパンクタイヤをまず太い丸太の上に置きます。
細い丸太ではタイヤが筒抜けになって乗らないからダメです。
そして丸太の上に薪を置いて斧を使って薪割りをしましょう。
細い薪や歪んだ薪も平気です。
周りのタイヤに立て掛ければ薪が倒れず狙いを定めることができます。
以上、みなさんのお役に立ちますように。

2016年10月11日火曜日

ぼくと歯磨き

最近ココナッツオイルで口をゆすいでます。
朝いちばんにハミガキをしてから大さじ一杯のオイルを五分ほど口に含み、
そのあとは飲み込まずに吐きだす。
流しに吐きだすとココナッツオイルが排水管の中で固まって詰まるから
ゴミ箱に吐きだす。

試してみたことがないと油っこくて気持ち悪いと思うかもしれませんが、
風味の良い油は口に含んでも嫌な感じはしません。
料理をしているとオリーブオイルでも菜種油でも、
色んな油をそのまま味見するせいか、
油だけを口に入れることに抵抗がなくなります。

ココナッツオイルは歯のためではなく、
熱を加えても酸化しにくい油だと聞いたので
これで揚物をしてみようと買ったものがうちに放置されていました。
そこに母親がアメリカから半年ぶりぐらいにやってきて、
しばらく前から母親は歯が悪かったんですけど、
このアメリカで流行っているココナッツオイル健康法を試していたのです。

「歯と歯茎にいいらしい」と言うので、
ぼくもどうせしばらく使いそうにないココナッツオイルを開封して試してます。
だけど、幸運にもぼくは健康な歯を授かったので、
効果があるのかないのかあまり分からなさそうです。

うちの母親は昔から歯に関してはとくべつ気をつかっていて、
小さい頃から歯医者には半年に一度は定期健診に連れて行かれてました。
母親は超自然派志向で、ぼくは四人兄妹ですけど、
兄妹の誰一人として病院に連れて行かれたことはありません。
ぼくが2歳のときドーベルマンに頭を噛まれて血だるまになったときも、
消毒をして絆創膏を貼っておかれただけでした。
妹や弟に関しても、
肩が抜けたとか脱臼したとかで一度ずつ病院に行ったぐらいです。

しかし母親は、こと歯と頭痛に関しては自然治癒を認めていないらしく、
頭が痛いとなるとすぐに鎮痛剤を出し、
歯は悪くなる前に歯医者に連れて行かれる。

うちでは昔、歯磨き粉はいつもナスの真っ黒の
塩っぱい歯磨き粉でぼくはそれが嫌で本物のナスも嫌いになりました。
アクアフレッシュのあのキレイな三色の歯磨き粉に憧れていましたけど、
そんな着色料まみれのペンキみたいな物を
使わせるわけにはいかないと言われました。

旅先でハブラシがないときは、
指に塩をつけてそれで歯茎をこすりなさいと言われました。
妹や弟がハミガキをせずに寝てしまったのを、
母親が口を開けて磨いてやっていた光景をよく覚えています。

自分で歯磨き粉を買うようになってからはどれも変わらないだろうと、
セールになってる安いものを買っていた。
今使っているのは母親が泊まりに来て忘れていった
トムズというアメリカの会社のフェンネル味の歯磨き粉です。

フェンネルがずっと嫌いだったんですけど、
料理をするようになって畑でもフェンネルを育てていて慣れたのか、
このフェンネル味の歯磨き粉が好きになりました。

そういえば三、四年間は歯磨き粉を使っていない時期もありました。
歯医者でハミガキの指導をされたときに、
歯磨き粉を使うと泡立ってすぐに口がいっぱいになってしまうから、
長く磨くために歯磨き粉を使うなと言われてそうしてました。

歯磨きとはちょっと話しが変わりますが、
口内炎ができたときに当時付き合っていた彼女に痛い痛いと言っていたら、
赤く腫れている部位に塩を塗りつけて
ハブラシでゴシゴシこすると良くなるよと言われてやってみました。
今思うと、ぼくは何かダマされて復讐をされていたんですかね?

2016年10月7日金曜日

アパートを貫通する風

ぼくの部屋には北側にひとつ窓があります。
ぼくが好きな、アルミサッシの窓です。

ぼくはアパート住まいなんですけど、
自分の部屋というものがあります。
2LDKのメゾネットタイプで、
一階の玄関を開けるとすぐ階段になっています。
二階がLDKになっていて、
三階の二部屋に寝室とぼくの部屋があります。

妻には自分の部屋はありません。
彼女が居間の飾り付けなどを含めて自由に使うという条件で、
ぼくは自分の部屋を勝ち取りました。
結婚をして引っ越しをする前から
ぼくは自分の部屋が欲しいと主張していました。

しかし今、このアパートに引っ越してきて二年近く経ちますけど、
自分の部屋というものがいつの間にか無くなっていることに気付いた。
ぼくがなぜ自分の部屋に執着しているのかというと「自分の時間の確保」です。
ぼくは自分の部屋をシェルターのような、
内側からしか開けられない密室空間をイメージしていました。

結婚をしても、子供が産まれても、世界がどう転んでも、
「自分の時間の確保」だけは主張したかったんです。
一人の時間=アイデンティティの確保という考えがありました。

しかし子供が産まれた今、
部屋に閉じこもってさえいれば「自分の時間の確保」ができると思ったら
大間違いだということを知りました。
たとえ扉を閉じていたとしても関係なく。

「パパー!パパーー!!」
と大きな声がぼくを呼ぶ。
当然四ヶ月の娘じゃありません。
妻が寝室からぼくのことを呼んでいる。
娘が目覚めたので、娘の代わりに呼んでいる、というのです。

パソコンから振り向いて、南側の部屋の扉を開けると、
まるで外に出たみたいな風を浴びる。
寝室の扉は開いていて、
正面の寝室の奥のベランダにつながる建具も開け放ってある。
ぼくの部屋の扉がせき止めていた風は、
アパート二つの部屋を貫通して部屋中に風が踊りこみ、
これが水なら水浸しというように、風浸しになる。

ぼくはしばらくその風を浴びてボーと立つ。
いつも開けっ放しにしておくと
アパートには屋根も庇も短くて雨が降ったときは、
窓周りがひどく水浸しになるから気を付けないといけない。
ほんとは出かけるときも開けっ放しにして、
いつも空気が流れている状態だったらいいなと思うんですけど、
短い屋根と庇のせいで出かける前には戸締りのチェックが必要です。

ふいにドアが風圧のせいで大きな音を立てて閉まる。
ボーとしていたぼくはそれに驚く。
赤ん坊も驚き、妻も驚くけど、
学習せずに同じことを何度もやってしまう。

これは気密性が高い住居に起きる現象みたいです。
ぼくが好きなアルミサッシも原因の一つです。
これまでぼくはほとんどの人生を木枠の家で過ごしてきました。
木枠の家でこんな現象はありませんでした。
木枠の家にあることは、隙間風と雨漏りです。
ピッツェリア・オーシャンもわざと古木を使って木枠で仕上げてあります。
一見おしゃれなのかもしれませんが、
ぼくからすると「アルミサッシのが快適で楽だよなー」です。

結局、ぼくは何の話しがしたいということもなく、
ドアを閉めているからといって「自分の時間の確保」ができるわけではなく、
ドアを開けているからといって風圧で勝手に閉じられるんです。
ドア一つだって思い通りに開け閉めができないのに、
ブログを書くことやピザを焼くことが思い通りにいくものかと、
これは部屋を貫いていった風神の落としものの啓示なんですかね。