2014年11月25日火曜日

信玄餅の作法

信玄餅に“正しい食べ方”があるなんて、
ゆめゆめ思いもしませんでした。
これまでぼくは何の疑問を抱くこともなく、
きな粉をこぼしながら信玄餅を食べていました。

きな粉をこぼさずに食べることは不可能だ、最初からそう決めつけていたのです。
信玄餅。
小さい容器の中に団子が二個入っていて、
蓋を開けるとぱんぱんにきな粉が詰まっている土産物の定番。
ぼくは安倍川餅と同じくらい信玄餅が好きですけど、
安倍川餅に比べて信玄餅は比にならないぐらいの慎重さが求められます。

というのは、お菓子の容器の中にはきな粉が極端なほど詰められていて、
その量は蓋を開けた時点でほぼ確実に、
きな粉が周りにこぼれる原因となるからです。
蓋を開けてきな粉で周りを散らかしたとしても、
まだそこに団子は見えません。
見えるのはきな粉ばかりです。

もし信玄餅を知らない外国の人が見たら
「日本人はパウダーを爪楊枝一本で食べろと言うのかい?ファック!」
とキレるにちがいありません。

それに加えて信玄餅は黒蜜ボトルのオプション付きです。
ただでさえ表面張力で若干きな粉がオーバーフロー気味なのに、
その上黒蜜をかけろという示唆が与えられるのです。
黒蜜は無視するにはけっこうな量です。
きっと原価だって馬鹿になりません。
30%、いや40%だとぼくは睨んでいます。
そうなるともう団子だけが主役ではなくなります。

1度ぼくは容器に詰まったきな粉の上にそのまま黒蜜をかけたことがあります。
案の定、黒蜜はきな粉に浸透していかず、
スケートリンクで滑るようにきな粉の上を滑りテーブルに垂れました。
黒蜜を上からかけただけではきな粉と一緒に食べれないのです。

平均して二年に1度ぐらいは信玄餅を食べていると思いますけど、
そうすると、自分なりに食べ方のルールも出来上がってきます。
なるべく美味しく、きれいに食べたい。
そこで僕は信玄餅が二種類の工程を楽しむお菓子だと考えました。

第一に、きな粉団子。
必要以上に詰められたきな粉、
これを一個目の団子にこぼれないように乗せて口に運ぶ。
普通のきな粉団子に比べて多くのきな粉を味わえます。

第二に、一つ目の団子が消えたことにより生じたスペース、
ここに黒蜜を流し入れて食べる黒蜜団子。
黒蜜で団子がひたひたに浸かる。
きな粉は水分を弾きますけど、
さすがにひたひたにした場合はきな粉もダマになってまとまります。
そこでダマになった黒蜜を救うようにすると垂れずに楽しめる。

ということでぼくは信玄餅は工程を踏む食べ物だと思っていた。
最初にきな粉、
それから黒蜜。
逆の工程は不可。
そう思っていました。こないだまで。

それがまさか、
信玄餅の正しい食べ方に風呂敷が必要だとは。
まずぼくは風呂敷があることを認識していませんでした。
信玄餅の包装材、それはただのプラスチックゴミでした。
包装材にしては幅広の包みで、
きな粉が蓋の端からこぼれないように広いだけかと思っていました。
それがまさか、
信玄餅を楽しむ第一歩がまず“風呂敷を広げる”ことだとは。

本質や中身ばかりに目を向けて、
それを包括する全体像に気付かない。
木を見て森を見ず、という状態にぼくはいたのです。
まさか信玄餅に自分の視点の狭さを突きつけられるとは。
悔しい。


2014年11月17日月曜日

ソーセージ・フェス

今までこんなに濃い顔のウーファーたちが集まったことはないです。
先週までうちにはアメリカ人のダラスが一人と、
フランス人が二人、
そしてぼくを合わせると男四人です。

男たちばかりで集まった会はアメリカで
“ソーセージ・フェス”と呼ばれるらしいです。
たとえば飲み会などで男たちばかり集まると
「おいこれじゃソーセージ・フェスじゃないか、誰か女を呼べよ!」
というふうに使われます。

で、うちの話しなんですけど、
いくら一軒家だからといって、
大人の男性が四人も集まるとこれまでに無い密度を感じます。
今まではだいたい三人の宿泊ゲストがいても、
その中にはいつも女性が混じっていました。

ダラスは前回ブログで書きましたけど、
おしゃべり好きで働かないカッコつけ屋の大学生です。
朝は遅刻してでも髪の毛を櫛でといて、
ぴっちりとワックスで横分けにするような男です。

フランス人の一人であるトーマスは一週間だけの滞在です。
三五歳の彼はボルドーで料理人をしています。
冬の間レストランが休みになるのを利用して日本旅行にきました。
ぼくがフランス人はみんなペシミスティックなのか?と聞くと、
「パリではそうかもしれないけど、
ボルドーではそんなことないね!」
と滑り台のような形をしたフランス特有の高い鼻の彼は陽気に言いました。

もう一人はフロリアンという名前のマリ系フランス人です。
ところでフランスの黒人を見るといつも、
アメリカ人のイカつくて大雑把さなのとは別物の、
気を配れる繊細なイメージがあります。

フロリアンもトーマスと同じように陽気で知的です。
彼は大学四年生で図書館にまつわる勉強をしたそうで、
こないだの9月に卒業したばかりです。
どこかの国で図書館の仕事をしようと考えているそうですけど、
まだ決めずに、
日本にいる彼女に会いに来ました。

南フランスのトゥールーズで彼は白人の彼女と同棲していて、
1年前から彼女が日本に語学教師として仕事に来ています。
彼らは8年間付き合っているのですけど、
フロリアンの愛は1℃たりとも冷めないらしく彼女のことが大好きです。
彼女は後半年もすればトゥールーズに戻る予定なのに、
フロリアンは我慢できず日本に来てしまいました。

彼にフランスに戻ったらもうちょっと彼女待っていなきゃねと言うと、
「そうなんだ、ほんとに寂しいよ……」
とほんとに切なく言うので、
彼らのピュアラブはホンモノだと思いました。

フロリアンとは本の話しを色々しました。
彼が一番好きな作家は村上龍だというので驚きました。
村上春樹好きのコロンビア人の次は
村上龍好きのフランス人です。
アメリカと日本のハーフであるぼくはこの二人の本を読んで、
読書が楽しいことだと知りました。
ぼくとフロリアンは『イン ザ・ミソスープ』がベストだ、
と意見が合致しました。

もう少したらカッコつけ屋のダラスが帰国し、
日本おたくのコロンビア人ピラールがお遍路巡りから帰ってきます。
フロリアンは年末までいます。
11月でウーファーの募集は打ち切っているので、
今年はもう誰も来ません。

結局今年何人来たのか計算してみると
男性が12名、女性が8名、計20名が来てくれました。
思い出すのに日記を見直さないといけませんでした。
ぼくはなるべく毎日日記を書くようにしています。
日記って書いているときは日々の当たり前のこと書いてるだけなんですけど、
いざ半年前の記録を見るとどれだけ自分が物事を忘れているのか知れます。

手帳にフレデリックが来ると書いてあって、
二週間ほど滞在したことが記してあるんですけど、
日記を見直すまで彼と何をしたかまったく思い出せませんでした。
ごめんフレディー。
君は穏やかで素朴で親切な青年だったね、日記にそうやって書いてある。

これはソーセージ・フェスの一場面です。
ぼくが作ったカレーライスを食べるときで、
フロリアンは腹が減ったと言って食パン二枚に白米を挟んで食べていました。


2014年11月11日火曜日

日本おたくのコロンビア人

日本おたくのコロンビア人であるピラールは、
この八年間でなんと十二回めの日本です。
彼女は四〇歳にしては笑顔が若く、声も元気で、
エネルギーで満ち溢れています。
大学時代にはコロンビアで建築を学び、
現在はバルセロナで空間演出デザインの仕事をしている。

美術館や博物館、ホール、デパートといった色んな場所で行われる
芸術関係のイベントの会場作りをするのが主な仕事です。
ピラールは現場で作業員に指示を出しながら、
何も無い広い空間に道と壁と扉を付ける。
そして展示物がカッコよく見えるように並べて、
来場者の劇的体験を自由に誘導する。

仕事はバルセロナにかぎらずEU圏内はどこにでも出掛ける。
基本は週休二日制だけど、
仕事が忙しすぎてひと月ふた月は休日返上で働くこともざらだそうです。
月収は3000ユーロ以上になるけど、
仕事だけの人生で終わってしまう!
ピラールはそんなの絶対に嫌だと元気な声で叫んで言いました。

ピラールはこれまでの日本旅行は休暇を取って来ていましたが、
今回の旅行では仕事を辞めてきました。
彼女の友達はみんな口を揃えて、
「辞めるのはもったいないから考え直した方がいい」と言いました。
失業大国スペインで良い仕事にありつくのは簡単ではないのです。

だけどそんな制止も積極性の塊みたいなピラールを止めることはできず、
彼女は日本で“大工修業”をはじめました。
今は週に一回、春日井市にある大工教室に通っています。
生徒数はピラールが会った人だけでも六〇人いる本格的な教室だそうです。
ここの先生は昔ヨーロッパで仕事をしていたことがあり英語が使えたので、
ピラールも安心してメールのやり取りだけで
教室に通うことを決めることができたと言いました。

ピラールはMy鉋、My鑿、My鋸といった、
My大工道具コレクションを専用のバッグに入れて
スペインから持ってきています。
彼女に頼まれてぼくは鉋の替刃と研石をAmazonで注文してあげました。
バルセロナで買うよりも半値以下だと喜びました。

彼女は自分のことを“日本おたく”だと言います。
八年で十二回日本に来たらそりゃ日本おたくだなと思いますけど、
一緒に生活をしていると日本おたくにもほどがある、
と思いはじめるぐらい日本おたくです。

まず彼女は日本酒が大好きで、
ピラールがうちに来てから冷蔵庫に
紙パックの“鬼ころし”が入っているようになりました。
しかしそれは非常用で、
だいたい毎日四合瓶を一本空けるペースで飲む酒豪です。

次に、彼女は梅干しが大好きです。
彼女が口をもぐもぐさせているな、と思うと、
それはだいたい梅干しを食べているからです。
ピラールはいつも寝る前に、
急須に玄米茶とほぐした梅干しに水を注いだものを用意して、
翌朝その水出し茶を飲んでいます。

それから、ピラールは大の村上春樹ファンで、
スペイン語と英語に訳された本はほぼ全て読んだと言いました。
彼女は持ってきていたiPadに入っている本を順番に見せてくれましたけど、
スペイン語が多くて表紙も違うので何の本か分かりませんでした。

『1Q84』がスペインで版行されたとき、
バルセロナの大きな書店でサイン会が行われたそうです。
「私は雨の中の行列に並んだ。
ハルキムラカミは人前に出なくて根くらな人だと思ってた。
だけど違ったの!
私の番が来たとき彼は『雨の中並んで大変だったね』と
英語で声をかけてくれたわ。
それから、実はその日私の誕生日で、
自分へのお祝いとだと思って仕事を休んでサイン会に行ったの。
それを伝えたら、
ムラカミはサインと一緒に“おめでとう”って書いてくれた!」

——村上春樹のどこが好き?
ぼくはガルシア=マルケスを生んだ国の人の意見を聞きたかった。

「ムラカミは生活にとても意識的。それが文章から伝わる。
たとえば『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で
ヘルシンキの空港のことが書かれてるけど、
彼はその場所に何度も出掛けたわけではないと思う。
なのにも関わらず読んでいると、
まるで私がその場に行ったかのような情景を持たせてくれる。
そういう体験を与える作家は少ないと思うわ」

そんなピラールは一度愛知を離れて、
四国へお遍路巡りに出かけて行きました。
彼女は出かけて行くとき
「何で私こんな過酷なことをしなきゃいけないのかしら!」
と自分で立てた計画を呪っていました。

二週間後に戻ってきて、
またオーシャンの畑を手伝ってくれる予定です。


2014年11月6日木曜日

魚屋の銭食い犬

「犬がおると領収書持ってこれんだわ」
魚屋の奥さんが言いました。
西幡豆の軽トラでやってくる魚屋さんで魚を買うときにいつも困るのが、
領収書をなかなかもらえないことです。

魚屋さんはだいたい夫婦でやってきます。
共に六〇代中盤です。
商売相手の多くは近所のおじいさんおばあさんばかりで、
領収書を求めてくるような客はほとんどいません。

だからぼくは毎度「領収書もらえますか?」と言うのが、
自分がめんどくさい客のように思えて気が引けます。
しかもだいたい領収書を持っていないので
「ごめんだよ、次は持っとくでね!」
とおばあさんに言われます。

「昨日は持ってきとったけど今日は置いてきちゃったわー!」
と言われたことは何度もあります。
だいたい四、五回くださいと言って一回もらえるぐらいの割合いです。

で、ぼくが魚屋さんに通いはじめてしばらく経ちますけど、
こないだご主人が手術のためだといって入院してしまいました。
入院中、奥さんが一人で来て仕事をしているんですけど、
一ヶ月ぐらいの間領収書がもらえませんでした。

そのときに奥さんが言ったセリフがこうでした。
「犬がおると領収書持ってこれんだわ」
え、犬?
犬と領収書の組み合わせが頭の中でつながらず一瞬言葉を失いました。
それまで犬が軽トラの助手席にいることに気付きませんでしたけど、
助手席を見るとおとなしく犬が座っています。
けっこう大きな犬で、バーニーズ・マウンテンドッグだと教えてくれました。
雌で三〇キロあるそうです。

「ほら、あたしの手が魚臭いでしょ。
食べ物と間違えて紙を食べちゃうだよ。
領収書も食べちゃってビリビリにされちゃうだわ」
奥さんは続けて言いました。
「お札だってね、なんべん切れ端を銀行に持ってったか分からんよ」

領収書を食べられるうえに、お金も食べてしまうそうです。
魚屋さんはお金をプラスチックのタッパに入れて持ってきているので、
うっかりその蓋を外したまま車の中に置いておくと、
魚の匂いが染みたお札を食べてしまうそうです。

そのたびに奥さんは犬の口からお札を引っ張り出して、
ヨダレまみれの切れ端を銀行に持って行くのだと言いました。
幡豆の銀行員がその犬のヨダレで濡れてビリビリになったお札を
どうやって受け取っているのか気になります。
ちゃんと理由を聞くんですかね?

奥さんの話しはまだ終わっていませんでした。
奥さんはてきぱきとした動きで、
魚をビニール袋に詰めてお客さんに渡しながら、
ぼくが質問をする間もなく続けました。
「まーほんとに銭食い犬で困っちゃうわ。
ハンドルの修理にもなんべん行ったか分からん」

え、ハンドル?
とだけ言って、ぼくはまた言葉に詰まりました。
犬とハンドルの修理?

「ハンドルを食べちゃうだわ。
ハンドルに匂いが移るでしょ、
よくビリビリにされてね。
最近は歳くってきたで歯も弱くなってきたで、
そういうことも無くなってきたけど。
はいアジね、800円!」

とぼくは買った魚を渡されて1000円札で払うと、
奥さんはプラスチックのタッパにお札を入れておつりをくれました。
このお札が食べられてないといいですけど。