2014年10月27日月曜日

ギブミー・ア・ファック

ダラスはメキシコ系のアメリカ人で20歳、
ぼくの弟と同じ年です。
彼はアリゾナの大学で音楽プロデューサーになるために
作曲や編集を勉強しています。

背が高くてR&Bシンガーのアッシャーみたいなダラスがオーシャンに来て
三週間経ちます。
彼はウーファーの中では珍しく毎日身だしなみを整えています。
髪の毛は毎日ワックスをつけて櫛でといてぴっちりと横分けにセットしているし、
外に出る時はティアーズドロップのサングラスをかけている。
そんなのが幡豆みたいな田舎を自転車で走っていると、ことのほか目立ちます。

だけどそんな派手さとは裏腹に家にいる時は、
今までのウーファー中でも一番存在感を感じさせない同居人です。
家では息を殺してる、というか部屋から出ません。
ずっと部屋で動画を見ているか、音楽を作っているかしている。
持ってきたキーボードでパソコンにトラックの打込みをしています。

メキシコ系アメリカ人で音楽が大好きなんていったら
当然マリファナもセットで好きな若者だと思ったら違いました。
実は真面目でクリーンな若者で
「夢はアメリカで初のマリファナを吸わないメキシコ系音楽プロデューサーになりたい」
と言っていました。

彼の会話の特徴はすぐに「アメリカでは〜」「アリゾナでは〜」と、
アメリカ話しをはじめることです。
ピザの話しをしていると必ず「シカゴピザは〜」という話しでくい込んできます。
お互いのことを知らない最初のうちはいいんですけどね、
会話の糸口を掴むのには良いきっかけですから。
だけどだんだん「お前のアメリカ話しは分かったから!」と
つっこみたくなってきます。

それから彼はアメリカ人の多くがそうであるように個人主義的に、
畑仕事中にもずっと、デジカメの動画で虫を撮っていたりします。
みんなで草むしりをしているときにパッとダラスを見ると、
彼はしゃがみながらデジカメを地面に向けて、
ゆっくり動いています。
しばらく放っておくと彼はぼくのところにやってきて、
そのデジカメの動画を見せてきます。
そこには毛虫とかカタツムリとかクモがアップに映されていて
「すごくないか?こいつらアップで見るとほんと変な生き物だよ!」
と興奮しています。

それをぼく一人に見せて仕事に戻るならともかく、
畑仕事をやっている人全員に順番に見せて行きますから困ります。
「毛虫は分かった!
カタツムリも分かった!
手を動かせ!」
と言いたくなりますけど、放っておきます。
放っておいて行動で教えることにします。
おれの動きを見ろといわんばかりに、
忙しそうにせかせかと草むしりをして見せるとさすがにダラスもちょっと
仕事をやらなきゃと思うみたいで動き出します。
だけどパッと気付くと、
すぐにまた虫を動画で撮っています。

ダラスはうちに来てから毎日ぼくが教えた『進撃の巨人』を動画で見ています。
ぼくはダラスが教えてくれた『氷と炎の歌』を読んでいます。
米ドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作で、
うちに来たウーファーのほとんど全員が面白いと言っていました。
「何で日本では有名じゃないの?」と聞かれますけど、よく知りません。
ということもあってぼくは気になり
「そんなにみんなが面白いというなら読んでみよう」と思って読みはじめました。
ファンタジー小説でまだ冒頭ですけど、
名前がたくさん出てくるので最初の一巻は覚えるのに時間がかかりそうです。

ダラスは十一月末までの滞在予定なので約二ヶ月です。
ウーファーの中では長期ステイの部類です。
下の写真はダラスが薪割りをしているときに
「見てくれこの薪を」と中指を立てた薪を嬉しそうに持ってきた時のことです。
ぼくは「Give me a fack」と言って写してあげました。


2014年10月24日金曜日

個人商店の営業の極意

ぼくが育った西尾市内の実家は元々城下町で、
その歴史があるのか今でも個人商店が並んでいます。
たとえば珍しいお店では鰹節屋、お麩屋、ヘビ屋とかがあります。

鰹節屋さんには鰹節がショーケースに入っているのが外から見えます。
お麩屋さんには入ったことありませんけど、
ガラス戸越しに麩がたくさん並んでいるのが見えます。
ヘビ屋は漢方系のお店で、
ヘビにかぎらず猿の頭、白いカエル、鹿の角などが並んでいます。

バナナ屋というのもあります。
そのお店の95%は普通の住居ですけど、
玄関はガラス戸になっていて、
入ってすぐのところにバナナがザルに入って置いてあります。
ガラス戸には白いプリントで〈橋本バナナ〉と屋号が貼られています。
ぼくが小学生の頃から今に至るまで記憶にある限り、
そのバナナ屋からバナナが消えたことはありません。
同じ場所に同じザルの数だけ十数年も
バナナを品切れさせたことがないところにプロ意識を感じます。

実家のはす向かいに豆腐屋があったんですけど、
15年か20年前か忘れましたけど、
そこは店を畳んでしまいました。
店先のドラム缶のような巨大なバケツにいつもおからが満杯になっていて、
豆腐よりもおからのほうが記憶に残っています。
うちの祖母は豆腐と油揚げによくそのおからを買っていました。

この商店群の中でぼくが今でもお世話になっているのは
〈タマキ洋服店〉です。
洋服店という名称ですけどここで服を買っているわけではありません。
売るよりも直し専門です。
裁縫をしてくれるお店で、裾上げやウェストを細くしてくれたり、
破れたジーンズの補修をしてくれたりなどなど。

ぼくがはじめてこの店のお世話になったのは中学校の卒業式前でした。
当時、卒業式の“晴れ舞台”で
学生服に刺繍を入れた“刺繍ラン”の風習が残っていました。
龍とか虎や、風塵雷神や般若といった刺繍です。
こういった絵柄にかぎらずメッセージもありました。
友だちは「真理子 愛死照流」と肩に縦書きで刺繍したのを覚えています。

この〈タマキ洋服店〉は卒業式直前にはこういった“刺繍ラン”の
駆け込み注文で立て込みます。
みんなギリギリまで悩むのです。
お金が無い、親(又は先生)に怒られる、不良じゃないけど目立ちたい、
といった悩みで。
“刺繍ラン”に本気の中学生たちはだいたい年末頃から通いはじめました。
そしてそこの店主であるおじいさんと打合せをはじめます。
白髪の店主はいつも肌着・腹巻き・モモヒキで、
絵に描いたようなおじいさんです。

二月から三月頃店に行くと、
ハンガーに完成した“刺繍ラン”がたくさん並んでいました。
自分の同級生のものは分かりますけど、
他所の中学校のやつもあるので気になって見せてもらいました。
聞いてみると隣の市から制服を持ってきている人もいました。

刺繍は安い物じゃありません。
ぼくが中学生のときに作った物は三万円でした。
上着だけです。
だけどぼくのものは節約型“刺繍ラン”で、
刺繍はほとんど入れずにワッペンを貼ったものでした。
ぼくが知る中で最も高額な物は同級生の“刺繍ラン”で、
それはいわゆる長ランという足のヒザまである丈の長い学生服です。
刺繍を入れる面積が広い分、高くなります。
友達は上着だけで二〇万円かかったと言っていました。

こないだ久しぶりにジャケットの肩を詰めようと
〈タマキ洋服店〉に行ってきました。
肩と袖を詰めて1000円まけてくれて5000円です。
一週間ほどで完成したので取りに行きました。

「おにいちゃん身長いくつ?」
とおじいさんは言いました。
おじいさんはとっくに白内障で目が灰色がかっていて、
たぶんぼくのことも近所で何回も来ているのに分かっていません。
そんな見えない目でよく刺繍ができるな、と思いました。

ともかくおじいさんはぼくに
「これちょっと着てみて」
とハンガーから紺ブレザーを取ってきました。
唐突に、有無を言わせない押し出しの強さです。

(なんだ?直した人が取りに来ないから貰えるのか?)
とぼくは思いながらブレザーを羽織りました。
そこでタマキの店主は言いました。

「おにいちゃん、それ9000円。
サイズぴったりでしょ?
ジャケット直してるとき合うんじゃないかなーと思ってね
生地がいいでしょ?」

ぼくは生地を触りました。
「いいですね、生地が」
そしてぼくは「考えときます」と言って店を出ました。
みなさんも洋服のお直しがあったら行ってみてください。
〈タマキ洋服店〉良いお店です。

2014年10月14日火曜日

ビールの生樽で打っちゃいまして

いつも配達に来てくれる酒屋のシロウくんが来なくなって、
三週間が経っていました。
若いシロウくんに代わり中年男性が配達に来ました。
シロウくんは一体どうしたんだろう?
仕事辞めたのか?
それとも配達ルートが変わったのか?
僕は考えはじめました。

酒屋さんの配達は毎週水曜のお昼前にあります。
その時間ぼくは仕込みに追われていることがほとんどで、
酒屋さんもビールなどを持ってきてくれて空きビンのケースを回収したら
すぐ次の配送に向かうので会話も多くはありません。
だけどぼくは密かにシロウくんの仕事ぶりを眺めるのを楽しみにしていたので、
彼が来ないことを残念に思ってました。

シロウくんは二十代前半で、
一度見たら記憶に残りやすいビジュアルを持っています。
彼ほど鮮明に頭の中で再現できる人はいないじゃないか、
というぐらい思い出しやすいです。
普通他人の顔を頭の中で再現するのは難しいことです。
恋人にしても両親や兄妹にしても、
顔の細部を思い出すのは簡単じゃありません。

それがシロウくんの姿はなぜか簡単に再現できてしまう。
色っぽい女の人をイメージで再現できたら得した気分になりそうですけど、
シロウくんを鮮明に思い出せたところで損はしても得はありません。

まずシロウくんは顔が大きい。
大きくて丸く、坊主である。
そして目が細長くて眉毛が無い。
笑うとすきっ歯です。
はっきり言えば人相が悪いです。

しかし、
その顔の大きさに対する身長の低さ、そして身体の細さ。
暗闇でシルエットだけを見たら宇宙人と間違えそうです。
空きビンのケースを両手で持つ時は細い腕が曲がりそうで、
歩き方が内股になる。
その非力さのせいで、というかそのおかげで、
人相の悪さがひっくり返りむしろ好感が持てるのです。

シロウくんが再び姿を見せたのは三週目が過ぎた配達でした。
彼は何事も無かったように「おはよーございまーす!」と言って、
注文したビール類を置場に運んでいました。
ぼくは仕込みの手を休めて、
しばらく来なかったけど何かあったのか聞いてみました。

シロウくんは急にもじもじしはじめました。
「いやー、ちょっと、入院しちゃいまして」

——え、大丈夫!?病気でもしたの?

「いやケガなんですけど……、
しばらく歩くのも大変で。
ちょっとたまのほうをやっちゃいまして」

ぼくは最初意味をすんなり理解できず、
たまたま仕事でケガをしたのがどんなものなのかと気になり
「たまにするケガって、どんなケガなの?」
と追求しました。

「打撲系なんですけど、
片側が膨れちゃって。
歩くときの振動だけでも痛かったです」
とシロウくんは腰をちょっと引いて前屈みになり、
人相の悪い顔をさらに苦痛でゆがめて見せるので、
やっとぼくは「たま=睾丸」だということに気付きました。

「ビールの生樽で打っちゃいまして」
とシロウくんは打撲の経緯を語ってくれました。
「空になった大樽はメーカーに返す前に取手を外すんです。
樽の取手を持って底を床に叩きつけて外すんですけど、
床に変なふうに叩きつけちゃった拍子に樽が振り子みたいになって、
ほんとなら取手から樽が外れるところを、
外れずに勢いのついた樽を下半身にぶつけてしまったんです。

そのときの傷みはすぐ引きました。
次の日、配達のためにトラックに積み込みをしようと思って、
ケースを持ち上げようとしたときですけど。
ぐっと力を入れるとたまの毛細血管が切れたみたいで、
猛烈に痛くなってきました。
すぐに片方が2・5倍ぐらいの大きさまで膨れました。
それで大将に相談したら病院に行ってこいと言われて、
結局10日間休みをもらいました」

そこの酒屋の大将いわく、
酒屋組合の集まりで飲んでいてその話しを他の問屋にしたところ、
他の酒屋でも若い衆が同じケガをしたことがあるというのです。
酒屋業界ではたまに起きるたまの事故だそうです。

「ビールの生樽で打っちゃいまして」
という大きな丸顔のシロウくんと、
大きく膨らんでしまった下半身。
この、何かシンメトリーな感じがシロウくんに芸術性を帯びせていました。

2014年10月6日月曜日

シナモンと筋トレが好きなハンガリー人

ハンガリー人のマークは二週間ウーファーとして来ていました。
彼は物静かなうえに日本語がまったく喋れません。
その代わりに自分の筋肉を使ってオーシャンの畑仕事に貢献してくれました。
金髪で茶色の目をしたハンサムな彼は
アクションスターのような筋肉です。

マークは二二歳でブダペストの軍隊学校に通っており、
マーシャルアーツのトレーニングを六年間続けています。
彼の身長は185センチほどで
これぐらいの身長は田舎の幡豆町でもたまに見かけますけど、
この筋肉は幡豆町では見かけないタイプの筋肉です。

アスリートの引き締まったバネのある筋肉とは違って、
マークの筋肉はコンクリートのように固い筋肉です。
彼と二週間住んで分かったことは彼にとって、
生活は筋トレ、地球はジム、食事はタンパク質の補給、
だということです。

旅行の際、マークが絶対に持って出かける物は、
プロテインドリンク用のプラスチック製のボトルだそうです。
蓋とコップの間に網目状の中蓋があるんですけど、
たとえばプロテインの粉末に水を入れてシェイクをすると
ダマにならずに簡単に混ざり合うようになっています。

ぼくが家に帰るとマークはよくこのボトルをシェイクしていました。
ぼくは冷蔵庫からビールを取り、マークに一本勧めても彼は断ります。
「いや、これがあるからいいよ」
と穏やかなスマイルで。

彼は粉末状のプロテインは使わずに、
オリジナルのプロテインドリンクを作ります。
レシピは牛乳、卵、シナモン、以上です。
これにパンを浸せばフレンチトースト、というレシピです。
この材料をまとめてボトルに入れてシェイクして飲む。
「ナチュラルで、チープでヘルシーだよ」とマーク。
メープルシロップも入れたら美味しそうです。

休日の朝、ぼくが洗濯物を干そうと外に出ると、
マークはガレージにある玉ねぎ干場の棒に掴まり、懸垂をしていました。
また別の日に僕が台所に入ると、
うちには飲料水用のポリタンク(20ℓ)を置いているんですけど、
彼は椅子の上で背筋を伸ばして座り
それを片手で上げ下げする筋トレをしていました。

——なぜ軍隊に入ったの?とぼく。

「高校を卒業してコンピュータプログラムの専門学校に入ったんだけど、
ずっとデスクに座っていることに耐えられなかったんだ」とマーク。

——そりゃ……そうだよね。ぼくは彼の大きな身体を見ながら納得しました。

「それで親に相談したら
『軍隊に入れば生活には困らない』
と言うので軍隊学校に入ることにしたんだ。
だけど学校に入ってはじめて軍隊の給料が安いことを知ってショックをうけたよ。
月に400〜450ユーロぐらい。
ハンガリーで生活はできるけど、
貯金はできないし旅行なんてもってのほかさ」

——今回の日本旅行のお金はどうしたの?
ぼくは裕福な国とはいえない東欧からやってきた大学生の経済状況が気になった。

「今大学三年目で、日本に来る直前まぜイギリスの軍学校に一年いた。
そこで休みを利用してオックスフォードの鶏舎で三ヶ月仕事をしたんだ。
卵を回収したり、運んだり、梱包したり。
月の給料は二一万円ぐらいあった」

マークはオーシャンの滞在を終えて、
愛知県の田原へ別のステイ先に移動しました。
合計一ヶ月を日本で、
その後は香港で英語を教えるのと引き換えに宿代無料の場所で過ごし、
マレーシアでは農家の手伝い、
バリでは竹で家を造る手伝いをして、
ネパールを経由してブダペストに帰るそうです。

つまり、宿代がほとんどかからない旅行です。
現地の仕事の手伝いをしながら旅行をする人たち、
こんな幡豆の田舎にですらたくさん来るんですから、
これからも増えそうです。

マークが教えてくれたカクテルのレシピが美味しかったので教えます。
・アブソルートのバニラウォッカ
・ライムカット
・シナモンパウダー
・炭酸

この三つの香りの組み合わせオススメです。
他にスクリュードライバーにシナモンを入れたのも飲ませてくれて、
これも美味しかったです。
それにしてもマーク、よっぽどシナモンが好きなんだね。