2014年10月24日金曜日

個人商店の営業の極意

ぼくが育った西尾市内の実家は元々城下町で、
その歴史があるのか今でも個人商店が並んでいます。
たとえば珍しいお店では鰹節屋、お麩屋、ヘビ屋とかがあります。

鰹節屋さんには鰹節がショーケースに入っているのが外から見えます。
お麩屋さんには入ったことありませんけど、
ガラス戸越しに麩がたくさん並んでいるのが見えます。
ヘビ屋は漢方系のお店で、
ヘビにかぎらず猿の頭、白いカエル、鹿の角などが並んでいます。

バナナ屋というのもあります。
そのお店の95%は普通の住居ですけど、
玄関はガラス戸になっていて、
入ってすぐのところにバナナがザルに入って置いてあります。
ガラス戸には白いプリントで〈橋本バナナ〉と屋号が貼られています。
ぼくが小学生の頃から今に至るまで記憶にある限り、
そのバナナ屋からバナナが消えたことはありません。
同じ場所に同じザルの数だけ十数年も
バナナを品切れさせたことがないところにプロ意識を感じます。

実家のはす向かいに豆腐屋があったんですけど、
15年か20年前か忘れましたけど、
そこは店を畳んでしまいました。
店先のドラム缶のような巨大なバケツにいつもおからが満杯になっていて、
豆腐よりもおからのほうが記憶に残っています。
うちの祖母は豆腐と油揚げによくそのおからを買っていました。

この商店群の中でぼくが今でもお世話になっているのは
〈タマキ洋服店〉です。
洋服店という名称ですけどここで服を買っているわけではありません。
売るよりも直し専門です。
裁縫をしてくれるお店で、裾上げやウェストを細くしてくれたり、
破れたジーンズの補修をしてくれたりなどなど。

ぼくがはじめてこの店のお世話になったのは中学校の卒業式前でした。
当時、卒業式の“晴れ舞台”で
学生服に刺繍を入れた“刺繍ラン”の風習が残っていました。
龍とか虎や、風塵雷神や般若といった刺繍です。
こういった絵柄にかぎらずメッセージもありました。
友だちは「真理子 愛死照流」と肩に縦書きで刺繍したのを覚えています。

この〈タマキ洋服店〉は卒業式直前にはこういった“刺繍ラン”の
駆け込み注文で立て込みます。
みんなギリギリまで悩むのです。
お金が無い、親(又は先生)に怒られる、不良じゃないけど目立ちたい、
といった悩みで。
“刺繍ラン”に本気の中学生たちはだいたい年末頃から通いはじめました。
そしてそこの店主であるおじいさんと打合せをはじめます。
白髪の店主はいつも肌着・腹巻き・モモヒキで、
絵に描いたようなおじいさんです。

二月から三月頃店に行くと、
ハンガーに完成した“刺繍ラン”がたくさん並んでいました。
自分の同級生のものは分かりますけど、
他所の中学校のやつもあるので気になって見せてもらいました。
聞いてみると隣の市から制服を持ってきている人もいました。

刺繍は安い物じゃありません。
ぼくが中学生のときに作った物は三万円でした。
上着だけです。
だけどぼくのものは節約型“刺繍ラン”で、
刺繍はほとんど入れずにワッペンを貼ったものでした。
ぼくが知る中で最も高額な物は同級生の“刺繍ラン”で、
それはいわゆる長ランという足のヒザまである丈の長い学生服です。
刺繍を入れる面積が広い分、高くなります。
友達は上着だけで二〇万円かかったと言っていました。

こないだ久しぶりにジャケットの肩を詰めようと
〈タマキ洋服店〉に行ってきました。
肩と袖を詰めて1000円まけてくれて5000円です。
一週間ほどで完成したので取りに行きました。

「おにいちゃん身長いくつ?」
とおじいさんは言いました。
おじいさんはとっくに白内障で目が灰色がかっていて、
たぶんぼくのことも近所で何回も来ているのに分かっていません。
そんな見えない目でよく刺繍ができるな、と思いました。

ともかくおじいさんはぼくに
「これちょっと着てみて」
とハンガーから紺ブレザーを取ってきました。
唐突に、有無を言わせない押し出しの強さです。

(なんだ?直した人が取りに来ないから貰えるのか?)
とぼくは思いながらブレザーを羽織りました。
そこでタマキの店主は言いました。

「おにいちゃん、それ9000円。
サイズぴったりでしょ?
ジャケット直してるとき合うんじゃないかなーと思ってね
生地がいいでしょ?」

ぼくは生地を触りました。
「いいですね、生地が」
そしてぼくは「考えときます」と言って店を出ました。
みなさんも洋服のお直しがあったら行ってみてください。
〈タマキ洋服店〉良いお店です。

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