2015年4月1日水曜日

バジルの神様ゲイのゲーリー

バジルの神様ゲイのゲーリーは
真っ黒でフルスモークのクライスラーに乗って現れました。
そのときぼくはラスベガス到着初日で、
イベント会場にたどり着けず迷子になっていました。

ぼくが歩道を歩いていると呼び声が聞こえて、
振り向くとピカピカの高級車に乗った男がいました。
近付くと「◯◯通りがどっちか分かるかい?」と訊ねてきたので、
ぼくはさっきラスベガスに着いたばかりで今自分も迷っていると言いました。

その男は薄くなった白髪をオールバックにした二重あごの腹の出たじいさんでした。
ぼくのようなリュックを背負った背の低い半東洋人に道を訪ねるのもおかしな話しです。
何か別の目的があるのか。

どこから来たのかのと聞かれたので日本からだと答えると、
彼は「コンニチハー」と言いました。
「私は日本の会社で働いていたんだ。
うちには日本人のホームステイがたくさん来たよ。
見てくれこの写真を」
男はサンバイザーの裏から写真を何枚か取るとその一枚を見せました。
黒くて丸いものが四つ写っていて、
男は「お好み焼きだよ!」と嬉しそうに言いました。

日本の話しを一通りして男は言いました。
「ところで、どこに向かっているんだい?」
ぼくはコンベンションセンターだと言いました。
男は人の良さそうな顔でにっと笑うと、
親指で助手席に乗れよと促しました。

助かった!とぼくはもう汗まみれで歩くのが嫌になっていました。
相手が何の目的でぼくを助けてくれるのかという動機は、
そもまま人助けとして受け取り車に乗り込みました。
男は力強い握手をしてゲーリーだと名乗りました。

コンベンションセンターには十分ほどで着きました。
歩いていたらゆうに一時間はかかる距離です。
その間ゲーリーは〈三和銀行〉のアメリカ支社で二五年働いていたこと、
仕事で東京に五回行ったこと、
旅行好きでこれまでに五八国旅をしたこと、
今は週に二回銀行で働いていることを話しました。

ほとんどゲーリーがしゃべっているうちにコンベンションセンターに着きました。
ぼくはゲーリーに興味が湧いてきたこともあり、
ラスベガス在住ならバジルのありかを知っているだろう。
そこで、予定がなければ今夜ビールでも飲もうと持ちかけると、
ゲーリーは待っていたと言わんばかりに二つ返事で迎えに来ると言いました。

午後八時、ゲーリーは約束の時間ぴったりに現れました。
車に乗りぼくは今夜中にバジルを買っておきたいのだけど、
どこかに寄ってもらえないかと伝えると、
「まったく問題ないさ。私にまかしてくれ!」と頼もしく言い、
ゲーリーはまっすぐ自宅へと向かい十五分で着きました。

ラスベガスの喧騒を離れたきれいな住宅地で、
ゲーリーの家も新しく、住みはじめて一年だと言いました。
ガレージの電動シャッターを開けて車を入れるとき、
そこに頭の無い兵士の像が立っていました。
中国始皇帝の兵馬俑です。
ゲーリーにこれは本物かと聞いたら中国で買った本物だと言いました。

家の中に招かれるとあらゆる国の美術品のガイドがはじまりました。
スカンジナビアの古いティーポットのコレクション、
ギリシャのトロイ戦争が描かれた陶器、
中国製の周囲を何百個という真珠で埋めて
中に美しい絵を手描きで一年かけて制作したという壁一面の巨大な板の掛軸、
日本の刀、
ペプシのCEOからプレゼントされたというサイン入りの壺。

一通り見物が終わるとビールを持って裏庭に通されました。
玉砂利を敷き、黒竹が植わって日本庭園風のはずなんですが、
カンボジアで発掘された大きな仏像が二体置かれている。
これだけ高価なお土産物オンパレードが続くと疲れてきます

ともかく、ビールを飲みはじめました。
ゲーリーはしきりに何でも質問してくれと言うのでぼくは質問をする。
旅の鉄則は?と聞くとゲーリーは三つあると言う。

⑴Open mind 広い心
⑵Loving heart 愛する心
⑶Good beer drinker ビール飲み

「この三つは百ヶ国以上旅をした親父から教わったことさ。
このことを意識してきたおかげで私は楽しい旅ができたよ。
ところで君はビール飲みだと言った割にはぜんぜん飲んでいないじゃないか!」

ゲーリーはしきりにぼくにビールを勧めてくる。
「君の飲み方はこうだ」
と言ってジョッキに口を付けて、チビッという音を立ててすすった。
「それはビールの飲み方じゃない。見てみろ私の飲み方を」
とジョッキから三口飲み、三分の一の量が減った。
「分かるか?『ゴップゴップゴップ』だ。さあ、やってみろ」

会話に間ができるとビールを飲めと言われるので、
ぼくは家族のことや仕事のことを矢継ぎ早に聞いて会話を途切れないようにした。
それでもかなり酔っ払ってきた。
ゲーリーも酔っ払ってきたようで、彼は力強く手を広げてこう言った。
「絶対に嘘はつかない、なんでも教えてやるから、一つだけ質問をしてみろ!」

ぼくはほんとは「この美術品の中で一番高いものの値段は?」という質問がしたかった。
だけどここら辺ではっきりさせたほうが良さそうで、
きっとゲーリーもそれを聞かれたいのだと思い、
「あなたはゲイか?」と聞いた。

ゲーリーはまた手を広げて言った。
「そうだ、私はゲイだ」
ゲーリーは手を広げたままぼくの反応を伺った。
「もし失望させてしまうなら申し訳ないですけど、ぼくはストレートです」と言った。
ゲーリーはフッと笑い右手でハエを払う仕草をした。

「私はどんなことも正直に答えると言った。
だけどゲイだってことは隠す必要のあることなのか?
私は一度たりとも自分がゲイだってことを隠したことはない。
それとも、ゲイだと言ったら君は気分が悪くなるのか?」

もちろんそんなことはないです、とぼく。
「君の誕生日は六月だろ?」ゲーリーは言った。
ちがいます。
「それなら八月だろ?」
ちがいます。
「分かった、十一月だろ?」
ちがいます。
「もういい!君の誕生日が何月だろうがもう知ったこっちゃない。
君といると私はとても居心地がいい。
私が居心地が良いと感じる人間はみんな六月生まれなんだ」

ぼくは話しを変えようと思って、
ずっと気になっているバジルのことを訊ねた。
「私はだいぶ酔っ払ったよ。
今日はもう運転できない。
明日の朝買いに行こう」

ぼくはこの状況でバジルはなかば諦めていました。
ゲーリーは良ければ一緒にベッドで寝てもいいとオファーを出してくれましたけど、
ぼくはゲストルームで寝させてもらうと言いました。
ジョギングマシンと腹筋マシンが置いてある部屋で、
ぼくはそれにシャツと靴下をかけて、
ズボンだけは履いていたほうがいいような気がしたのでそのまま寝ました。

浅い眠りのまま太陽が昇るのを待ってから出かける用意をすると、
ゲーリーはすでに準備を済ませていました。
「さあ行こうか」

ゲーリーがスーパーマーケットに入るまで、
ぼくはバジルのことを一瞬忘れていました。
朝の七時半で、
まさかアメリカ人がそんなに早くから店を開けているなんて思わなかったのです。

ゲーリーは「私は車で待ってるから探して来なさい」と言いました。
ぼくはドアを開けて出るとき一瞬躊躇しました。
これは仕返しをされはしないか?
ぼくがゲイじゃなかったことに怨みを抱いていて、
スーパーに行っている間にゲーリーはぼくを置いていくんじゃないか、
と疑念が頭をよぎりました。

なのでぼくは荷物を全て持ってスーパーに入りました。
不安と興奮が交錯する中で野菜コーナーで見つけたバジルは、
ほかのどんな野菜よりも緑鮮やかに輝いていました。
こんなにバジルが恋しかったことはありません。
20ドル出してもいい、そう思いましたけど、2ドルで買えました。

ぼくはバジルを持って早歩きで駐車場に戻りました、
そこにはもう誰も待っていないという不安に駆り立てられながら。
しかしゲーリーは待っていました。
「あったかい?良かったじゃないか」と軽く言いました。

こうしてぼくは最後のアイテムを手に入れました。

もし大会の競技に
「いかにして手間をかけて材料を用意したか」という部門があったら、
きっとぼくは優勝していたと思います。

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