2016年5月30日月曜日

さとの玉子がオーシャンに来る

来月から〈とりのさと農園〉さんの卵を使わせていただくことが決まりました。
先日スタッフのみんなで見学にお邪魔しました。
社会科見学です。
ぼくは鶏舎についてはまったく詳しくありませんけど、
ここの南知多町の鶏舎はなんとも風通しが良くて快適そうな場所でした。

ニワトリが驚くといけないのであんまり近付くことはできません。
事前に「赤いものは身につけないように」とも言われてました。
赤色に気を付けないといけないのは牛だけかと思ってましたけど、
ニワトリは赤色を見ると興奮して玉子を産まなくなるそうです。

こちらの農園では鶏が平飼いされております。
平飼いとはケージに入れられず広い場所で飼われていることを言います。
サッカーグラウンドぐらいの広さに鶏舎が並んでいて、
ぜんぶで500羽いるそうです。

ぼくらは7人でしたけど、
鶏舎の周りを歩くのに「一塊になって移動するように」とのこと。
ばらばらに多人数が歩き回ると
ニワトリが外敵だと反応して興奮するのでこれも精神衛生上よくないのです。
そして、大きな声を出さずに声を小さく。

そんなふうに気をつけていることもあって
たくさんニワトリがいるのに水を打ったように静かです。
緑の芝生の上をさらさら流れる風の音と、
ニワトリがもぞもぞ動く音が聞こえるだけの静けさです。
ニワトリとはコケコケ騒がしくするものだとばかり思ってましたが、
静かなのが正常な状態のようです。

「ここの鶏舎には、他の鶏舎ならどこでもあるものがありません。
なんだか分かりますか?」

とガイドをしてくれた若奥さんの由岐穂さんがぼくらに質問を出しました。
鶏糞の山がない、というのが答えでした。
これだけのニワトリがいると必ず蓄積する鶏糞。
では毎日たくさん出る鶏糞はどこにいくのか。

これがなんと、どこにもいきません。
どこにもいかないというか、
ニワトリは糞をしたらそのままだというのです。
するとその糞がどうなるのかというと、
土の中にいるバクテリアが分解してくれて土と一緒になるのです。

その結果ぐちょぐちょの糞は分解されて、
さらさらの土になり、
その土がたまったら畑での野菜作りに使われるのです。
このとてつもなくすごい循環型の玉子・野菜の生産方式の詳しいことは
こちらのホームページでご覧ください。

こちらの「さとの玉子」は貴重で数にかぎりがありますけど、
キッチンでは手打ちパスタに、
ピッツェリアでは玉子がのったピザのビスマルクに使う予定です。
ぜひ食べてみてください!






2016年5月11日水曜日

人情が商売のはじまり

昨日と一昨日は二連休を取らしていただきました。

休みは瀬戸市のマルミツ陶器に買い物に行ってきました。
店のものと、ついでに家のものも一緒に。
ピザ皿と取皿、それからドリンクグラス。

食器類は割れたりもして少なくなっていたんですけど、
それ以上に去年の12月に店を改装してから席数が30席から50席へと増えまして、
全席埋まると食器が足らなくなるということに、
GW中にやっと気付きました。

私物ではずっと欲しかった急須と、
皿を数枚買いました。
最近よく緑茶を飲むようになって、
ちゃんとした良い急須が欲しいと思っていたのです。

しかしこのカッコイイと思った急須を家に帰って早速使ってみると、
ちょっと使いづらい。
そそぎ口から液が垂れてしまう。
使い方の問題か?
もう少し使ってみようと思います。


夜は、最近はまっている『あさが来た』をDVDで借りて見てます。
ぼくはこの時代の商人の仕事を想像するのが大好きです。
堅物の番頭とか、のれんを守るとか、仕事をしない若旦那とかが好きです。
落語も「千両蜜柑」とか「百年目」の商人物語が好きです。
どの物語も人情が深く関わっていて、
商売がはじまる前には必ず人情がからんでいるんですよね。
そしていちばん面白いところがこの人情のいざこざです。

そこでいざ自分の仕事の中で、
日常ではどんなときに人情いざこざがあるんだろう、
と振り返ってみると、
ピッツェリア・オーシャンではけっこう日常的に勃発してるなと思いました。

オーシャン内の他の部門ではどうなのか把握してませんけど、
自分がいる場所ではちゃんといざこざが起こっています。
ぼく自身が上辺を取り繕った言い方ができなかったり、
不自然な人間関係に耐えられなかったりするので、
苦しみから解放されるためにもなるべく思ったことを言うようにしてます。

思ったことを言う=人情ではないかもしれませんけど、
思ったことを言える場は人の感情も伝わる場になりますからね。

職場で周りに色んな人がいるのに、
周りの人が何を考えているのか分からないのは、
すごく居心地が悪いです。

自分がいる職場はそういうふうにはしたくなくて、
ぼくと誰かが、あるいは誰かと誰かが、性格が合う合わない関係なく、
思ったことを言える職場でありたいと思っております。

だけどこの思ったことを言うのと、
感情的にぶつけるというのはまた違うので、
ぼくは感情に流されないように気をつけたいです。

すぐ頭に血がのぼる人には思ったことも言いづらいですから、
「この人には何を言っても平気だな」
と肩の力が抜けるような軽薄?な人になりたいです。

2016年4月27日水曜日

板チョコ、アンチョビ、マカダミア

半年ほど前からiPhoneの付箋アプリを使っているんですけど、
これがぼくには使いやすくて日常の便利アイテムになっています。
アプリなのに便利アイテムなんて変な言い方ですよね?
だってアプリはただの電気で光る画面なのに。

アイテムはちゃんと掴めて触れるものなはずです。
宝箱を開けると剣とかポーションが入っている、というようものがアイテムです。
なのにぼくはもう、
掴めて触れてめくれる現実の紙の付箋よりも、
ディスプレイ上の付箋の形をした電気信号のほうが便利アイテムだと思ってるんです。
これはもう現実世界の何分の一かはヴァーチャル世界になってるということですね。

ともかく、
この付箋アプリに気付いたことを書いていて、
一日のうちに何回も開いてはチェックしてます。
買物リストとか、
やることリストとか、
読んだ本から良いと思った文章をメモしたりとか。

このアプリが日常の便利アイテムになっただけあって、
ひんぱんに使っているので見返すと古い書き込みが消去せずに残っていたりします。
その中で、消してもいいんですけどなんか気になって消せないメモ書きが、
「板チョコ、アンチョビ、マカダミア」
というものです。

これは去年の十二月にハワイに行ったときのことで、
滞在していた家の近くにオーガニックものを扱うスーパーマーケットがあって、
その外にテラス席の飲食スペースがあります。
そこにはファミリーやカップル、仕事の休憩中でお昼ご飯をしている人たちがいる。

みんなサンドイッチやこのスーパーのオリジナルスムージーや、
流行りのコンブチャを飲んでいたりする。
その中の一人の金髪の青年が一人黙々と食べていたものがこの
板チョコ、アンチョビ、マカダミアナッツでした。

テーブルの上に銀紙を破ったチョコレートと、
小瓶のフタを開けて油に浸かったアンチョビと、
缶詰のマウナロア・マカダミアナッツを広げて順番に食べている。

あなたにとってこれはおやつなのかそれとも食事なのか、
どっちなのかと聞きたかったですけど聞けませんでした。
その組み合わせは美味しいのか?
僕なら胃もたれしそうだけど大丈夫なのか?
と声をかけたかったですけどかけれませんでした。

何を食べようがその人の自由ですからね。
食事の邪魔はできませんでした。

なにはともあれ、ブログに書いたということで、
半年間もディスプレイ上に張り付いていた
「板チョコ、アンチョビ、マカダミア」
をゴミ箱にいれて消去できそうです。

2016年3月28日月曜日

四月から月曜営業はじめます

【営業日変更のお知らせ】
来月から〈ピッツェリア・オーシャン〉は週一休みに切り替えます。
これまで月火休みでしたけど、
四月からは火曜休み(祝日は振替え)に変更します!

これはなによりスタッフの成長のおかげです。
一緒に働きはじめて一年のかよこちゃんが腕を上げて、
良いピザを焼くようになりました。
これからは交代で焼くようにして、
少しでも多くのお客さんにぼくらのピザを食べてもらいたいと思ってます。

今年は一月に9時からのモーニング営業をはじめて、
二度目の変更となります。
本当は交代制で、一気に無休営業に切り替えようと思ったんですけど、
無理をきたして「やっぱり週一休みにしよう」というふうにならないように、
ちょっとずつ変えていこうと決めました。

営業日と営業時間の変更でお客さんのほうには
混乱を招いたりすることもあるかもしれませんのでごめんなさい。
より良いお店造りをしていこうと思ってますのでよろしくお願いします。

【余談】
文豪札はセルバンテスの『ドン・キホーテ』で止まってます。
文庫で六巻を読むのはなかなか時間がかかります。
しかし四月中には二十個完成する予定です(今は八個)。
そうやってみんなに宣言しています。
頻繁に宣言をしていないと進まなさそうで。

【余談2】
インターネットラジオの「学問のすすめ」を
noteというアプリで聞いているんですけど、
新しい更新で佐渡島庸平という人のインタヴューを聞いて興味が湧いて、
『ぼくらの仮説が世界をつくる』を読みました。
成長論としてチョウ面白かったのでおすすめします。

2016年3月11日金曜日

幡豆サイクリングマップ製作中

今、幡豆のサイクリングマップを作ってます。
今年の6月ごろからオーシャンでレンタルサイクルを用意して、
幡豆町内を楽しく巡ってもらいたいと考えてはじめた計画です。

オーシャンには遠方から来る方が多くて、
「どうせならどこかに寄っていきたいんだけど
どこかオススメの場所ありますか?」
とよく聞かれる。
そういうときサッと出せるマップがあればなーと。

ぼくは幡豆町には二年住んでいたんですけど、
その間、幡豆らしい場所にはどこも出かけぬまま幡豆を出ました。
弘法山の八八か所巡りも、
町内の干物屋さんにも、
お寺にも神社にも、
ほんとにどこにも出かけず店と家の往復だけでした。

そこでようやく、
幡豆で働らきはじめて六年も経とうという頃になって、
幡豆を知ろうと思い立ちました。
まずは、何はさておき図書館へ出かけました。
例えば幡豆図書館に行くと、
〈幡豆歴史コーナー〉
があってそこには昔の白黒写真が載っている本や、
昔話集、弥生時代から現代に至るまでの道筋が書かれたものなどが読めます。

そういう本から何が分かるかというと、
昔は幡豆の山から切り出される幡豆石がブランドになってよく石が売れたとか、
そのまたはるか昔には崑崙人が漂着して、
持っていた綿の種を植えて幡豆で織布が盛んになったとかいうことが分かります。

この幡豆図書館の敷地内には〈幡豆歴史民俗資料館〉がありまして、
ぼくは六年もこの図書館に通っていてはじめてその存在を知ったんですけど、
ここには漁師や養蚕などで使う古い道具から生活雑貨までを見学できます。
それからガラスケースに昔の書物が保管されています。
この中に1923年に刊行された『愛知県幡豆郡誌』がありました。
この書物はインターネット上で読むことができて、
「幡豆」の名前の起源として二つの説が書かれています。

①南海にわたり、山脈の海中に蓋くる所、その狀笘筈に似たりよりて、
その地方を羽豆の郷と呼んだ。
②宮崎村、幡豆神社の祭神で建稲種命が日本武尊征伐のさい、
褊裨御幡頭となって従軍した。のちに宮崎村に葬られたことで、
そのあたりを幡頭の郷と称えた。
この建稲種命がなぜ宮崎村で葬られたかというと、
駿河の国で水鳥を射ろうとしたらその弾みで船から海に落ちて、
幡豆の宮崎村の岬にドザエモンとして漂着したところによる。

狀笘筈ってどんな形だ?
わかりません、誰か知ってる人がいたら教えてください。
ともかくこういう感じで、
サイクリングマップの役に立つのか立たないのか
よく分かりませんけど横道に逸れながら調べています。

完成を楽しみにお待ちください。
6月にはできるHAZUです。
もし、ここは組み込んで欲しい!
という店や道や場所などあればぜひ教えてください。

2016年2月10日水曜日

犬の開きのサステナブルさ

文豪札の製作は進んでいます。
今、8個できています。
最近また良いアイデアを思いついてしまいました。
これまで作ろうとしていたのは両面のサイン立てに、
 表:文豪の顔写真
 裏:代表的な小説からの引用文
という内容でしたが、
これに加えて表の顔写真+国旗も入れたいと思います!

ぼく以外のスタッフは文豪の顔の区別ができないだろう、
というのが最初から気がかりの種になってました。
しかし、渋い文豪の顔の横にカラフルな国旗が翻っていたら、
ピザを届けるときに遠目からでもテーブルに置かれた札を探しやすいです。
きっと探しやすくなるはずです。

番号札にしとけばこんな面倒なことをしなくてもいいのに、
内容を盛り込み過ぎな気がしてきました。
が、はじめたからには後戻りができません。

ところで具体的に、
ぼくがどういうふうに小説の引用文を入れようとしているのか、
ここに一つサンプルをあげてみたいと思います。
篠原勝之の『骨風』は文豪札には入れてませんけど、
もし入れるなら「花喰い」という短編の文章を入れたいです。

(日本人札には太宰治と村上春樹と最初に決めてしまったので、
もう定員になってしまいました。
ぼくの中でのルールは一国から二人選出にしています。
同じ国旗が店内に二つ以上出回ると混乱することが予想されますが、
どうしても一国一人というのが決めきれませんので)

以下引用文。

 終戦直後、裏山には腹を空かせた野犬が群れていて、時どき住宅街の子どもを襲ったので、鍬の柄や心張り棒を持ち寄って野犬狩りがはじまった。投げてやった小さなビスケットほどの乾パンに夢中になって喰らいつく野犬を、隠し持った棒切れで叩き殺していくのだ。戦争から戻って間もないオトコたちが、力任せに棒切れを振り回すのを見るだけでオレは震えていた。
 狩りがはじまると、オレはドングリの樹の二股に上がって、あちこちから響き渡ってくる甲高い吠え声を恐る恐る聞いていた。野犬に威かされたことが原因で今でも犬は苦手だけれど、あの日だけは追い回される野犬の味方だった。
 しかし夕方には叩き殺されて、倍ぐらい伸びきった野犬が何匹も地べたに積まれていた。血だらけの棍棒が転がったその場で解体され、毛皮と肉に分けられた。
 親父が山分けされた野犬の肉と毛皮を持ち帰ることもあった。味は全く憶えていないが食糧難だったオレたちのタンパク源になったのは確かだ。親父は黄色い脂肪を出刃で刮ぎ、毛の方を裏にして物置の板壁に釘で打ちつけて鞣した。赤や青の糸くずみたいな血管がところどころに貼りついたまま犬の開きは干涸びていった。
 ゴワゴワした毛皮は母親がチョッキに仕立て、厳しい寒さの地吹雪の日に着せられた。温かいけれど目立つそのチョッキを着るのは、絶望的な一日の始まりだった。

心張り棒というのが何だか分からないのに、
ぼくにはすごい武器だと思えて強烈なイメージが立ち上がって、
ウィキペディアで調べたらただのつっかえ棒のことだった。

「脂肪を出刃で刮ぎ(こそぎ)」や、
「毛の方を裏にして〜鞣した(なめした)」という動詞で、
バイオレンスな話しからサバイバルな話しに変わる。
最後にはチョッキになって着せられるというところまでくると、
これは最近よく聞く“サステナブル”なことじゃないかと思った。

サステナブルとは持続可能なという意味で使われます。
オーシャンでも人参や大根の皮はむやみにめくらず、
全部食べて香りも味も栄養素も丸ごと取ろうとしています。
食べれる物を捨てるのは地球のエネルギーの消費につながる、
なるべく無駄をなくそうというのがサステナブルな考えでしょうか。

こないだアメリカに行ったときに15ドルのツナ缶を見つけて買ってみました。
ふつうツナ缶といえば二百円そこそこなのに五倍以上高い。
家に帰ってよくよく缶のラベルを読んでみると、
そのオレゴン州にあるツナ会社は一本釣りされたマグロのみ使用、
と書いてあります。
つまり底引網などはまだ成長しきっていない魚貝を丸呑みしてしまうので、
サステナブルな漁ができないというわけです。
(ちなみにこのツナ缶はまだもったいなくて開けれてません)

もう一つ。
アメリカのどこの空港だったか忘れましたけど、
乗り継ぎの間にサンドイッチ屋さんに寄りました。
エッグ、ツナ、ターキー、パストラミなど5〜6ドルぐらいで色々サンドイッチが並んでいました。
が、その中に一つだけ12ドルのサンドイッチがありました。
一つだけ群を抜いて高い。
それはサーモンサンドイッチで、
なぜこれだけ高いんだと思って興味が湧いて買ってみました。
若い黒人の店員がチッと舌打ちしてサンドイッチを渡した。
このサーモンサンドは色も悪くて若干生臭かったです。
あとあと思ったら、ここの空港は海から遠くて海産物は輸送費がかかるし鮮度も落ちるということか?
だとしたらこのサーモンサンドは反サステナブルということになりそうです。
土地の利は活かされてないし、美味しくないし、高い。

サステナブルは循環することが大事なら、
この犬の開きはサーモンサンドに比べたらかなりサステナブルです。

2016年1月19日火曜日

ワトソンビルの朝

ぼくの家族はカリフォルニア州のサンタクルーズ郡
ワトソンビルに住んでいます。
サンタクルーズはサーファーの聖地として知られていますけど、
ワトソンビルは山側に位置する農業地帯です。

特に、車で走っているとりんご樹林が多くて、
マルティネリというオーガニックアップルジュースで有名な会社があります。
日本の結婚式の引出物でこの会社の丸い瓶に入ったアップルジュースをもらい、
産地を見ると家族の家の住所が載っていてはじめてその存在を知りました。

お土産に買ってきてほしいと頼まれて何軒か店を周りましたけど、
地元だからといって特別な値引きはなく、
日本のコストコで買ったほうが安そうだったので買いませんでした。
ぼくが滞在していたのは丁度クリスマスシーズンで、
地元の人たちはこのマルティネリのアップルサイダーを買っていました。

アメリカのクリスマスは朝ゆっくりと動きだし、
飾り付けされたもみの木が置かれたダイニングで
朝食兼昼食のブランチをするのが一般的な習慣です。
うちでは毎年メニューがだいたい決まっていて、
スクランブルエッグにベーコンと、
焼いたベーグルにクリームチーズとスモークサーモン、
アボカドにアルファルファが並びます。

子供はオレンジジュースを、
大人はオレンジジュースとシャンパンを半分に割ったものを飲みます。
日本だとクリスマスにシャンメリーとかよく売れますけど、
たぶんそういう感覚でノンアルコールの泡がある飲み物ということで
このマルティネリのアップルサイダーをみんな買ってくようです。

母親はガーデニングが好きで、
引っ越すたびに庭やベランダを開墾して収穫可能な土地に変えます。
今のワトソンビルに引っ越したのはここ三年ほどで、
海側に比べると家賃も安く、使える土地が広いので母親は満足しています。

海まで歩いて三分のところに住んでいたときは月に2100ドル払っていて、
今のダウンタウンまで車で三十分の場所では1300から1500ドルぐらいです。
日本の感覚ではべらぼうにたけーと感じますけど、
カリフォルニア州の人気がある地域では日本の都心と同じぐらいなんですかね。
アメリカは西側と東側の生活費は同じぐらいで、
中心に向かうほど下がっていきます。

こないだの十二月の下旬は例年よりも寒かったそうで、
毎年暖房を使うことも早朝以外はなかったのに、
今回はぼくが「寒い寒い」と言っていたせいで電気ヒーターを買ってきてくれました。

早朝、ぼくはだいたい夜明け直前に目覚めていました。
外でおしっこをするために霜で白く凍った芝生の上をバリバリ歩き、
村が一つすっぽり入るぐらい広いオレガノガーデンの向こうから昇る
朝陽の光線を浴びるのが日課でした。

母親は家の周りを果樹と沈丁花で埋め尽くすと、
今度は家の中をサラダ工場にするべく窓という窓の前に
プランターを並べはじめました。
トマト、レタス、バジル、ディルは口を開けて整列したひよこのように育っています。

これを真似て先週からピッツェリアの石窯の前に鉢を三つおき、
バジルの種を植えると芽が出てきました。
今週から寒くなるみたいだけどすくすく育ってくれるといいなー。