2014年9月25日木曜日

一足しか靴を持ってこない旅行者

先週オーストリアから来ていた三人のウーフーが出て行き、
代わりにハンガリー人のマークがやってきました。

色んな人間がうちにやってくるということは
色んな人間がうちの玄関を上がってくるということで、
それは色んな人間の靴を見るということになります。

色んな人間の靴を見ていて分かったことは、
旅行者には二タイプいるんだなということです。
靴を複数持ってくる人間と、
靴を一足しか持ってこない人間です。

みなさんはどうでしょうか。
旅行に行く際に靴は何足持って出かけるんでしょうか。
僕は二足が多いです。
一足は移動用の歩きやすい靴で、
いつもニューバランスの靴擦れしにくいスニーカーを履いて行きます。
もう一足は部屋履き用のビーチサンダルです。
薄いので荷物でかさ張らないところが良いです。

こないだうちに来たオーストリア人たちの三人グループは
平均して一人三足以上持って来てました。
これはとある日の玄関の光景です。



コンバース、H&M、ナイキ、ディーゼル、キーンなどなど。
もう手前の入ってすぐの場所しか空いていないので、
家に上がるためには大股で跨がなければいけません。
これだけ靴があると邪魔です。
だけど邪魔は邪魔ですけど、
靴を一足しか持ってこないウーフーに比べると彼らは、
玄関がごちゃごちゃになるぐらいの迷惑しかかけません。

靴を一足しか持ってこないウーフー。
おい君たち、
とぼくはここで言っておきたいと思います。
一足しか持ってこないのは構わないけど、
人の靴を勝手に履くんじゃない!

ここ最近来たウーフーの中で靴を一足しか持ってこなかったのは三人います。
スペイン人のホセと、
ドイツ人のレアと、
香港系アメリカ人のインです。
今年の春から九月までで十一人うちに来ているので、
約三割が靴を一足しか持ってこないという確率になっています。

スペイン人のホセ。
彼はきれいな白いスニーカーを履いてうちにやって来ました。
底が薄くて先が尖り目のイタリアっぽいスニーカーです。
彼は畑の作業靴が無いために借りたいというので、
僕はメーレルの防水スニーカーを貸してやりました。
平日は僕のスニーカーをドロドロにして畑仕事に精を出し、
休日彼は自分のきれいな白いスニーカーを履いて
名古屋へナンパに出かけていました。
全然構いません。
いいことです。
プライベートを楽しめればこそ仕事も頑張れるというものですから。
それに、ドロドロになって玄関に脱ぎ捨ててあるメーレルを見るたびに、
「ここまで使い込まれたら靴も本望かな」とも思いました。
しかしホセ、
人の靴を履いてスペインに帰るってどういうこと!?
ラテン系はお気楽な性格だというけど、
お気楽にもほどがあるぞホセ!

香港系アメリカ人のインは借りパクほどのことはしていません。
彼はナイキのマジックテープが付いたバッシュ一足で来ました。
身長の低い彼は遠くから見ても近くから見ても中学生ぐらいにしか見えません。
足のサイズも小さく、たぶん25センチぐらいでしょうか。
彼のえらいところは一足しかない靴を汚れたらマメに洗うところです。
しかしスニーカーというものは洗えば日向で干しても
約二日間はかかる代物です。
その間どうするかというと、
僕のゴム長靴とサンダルを履いていました。
僕がそれに気付くのはいつも仕事中の時です。
インがそばを通ったときに違和感があって足下を見ると
それが僕の靴でした。
「それおれの靴じゃん!」と言いかけましたけど、
ピザも焼いてるし、靴ぐらいでグダグダ言うのもなと思い黙りました。
それに、
小さな彼がゴム長靴を履くとまるで釣りに行くみたいに膝上サイズになり、
ぶかぶかのサンダルは脱げないように足を引きずって歩くことになっていたので、
むしろ気持ち的には「見守ってあげたい」そんなものが湧いてきました。

ドイツ人のレア。
ドイツ人は一貫した性格を持っていると言うけど、
彼女はほんとにその通り一貫した行動を取りました。
頑なに、徹底的に、鉄の意思で自分の靴を履き替えることもなく、
履き潰しました。
それだけ頑固な人種にはやっぱりベンツみたいに丈夫な車じゃなきゃ“もたない”か、
というのが感想です。
だけど当然スニーカーはベンツみたいに丈夫じゃありません。
彼女のスニーカーは黒色で、一部に合皮を使ったものでした。
底は薄くて軽そうなスニーカーです。
レアがオーシャンに来た当時靴は健康そのものでした。
合皮には艶があり、黒い布地の部分には張りがありました。
一ヶ月ほど経つと艶は失われて、布地はたるんできました。

ある日僕は玄関先に黒いゴミクズを見つけました。
ウーフーたちは毎日畑から泥も持ち帰ってくるので、
掃き掃除は定期的にしなければいけません。
その黒いゴミクズ、最初は気にも止めませんでした。
だけどその日を境に黒いゴミクズを玄関周辺で頻繁に見るようになったのです。

玄関扉を開いて靴を脱ごうとすると、
足下にその黒いゴミクズが落ちています。
親指大ほどの大きさで「、」のような形で土間に落ちています。
僕は何か考え事をしながら帰宅して
その黒いコンマのような形のゴミクズを見つけると、
ほんとに考え事にもコンマを打たれたような効果がありました。
「ビールを飲んでからシャワーを浴びよう」が、
「ビールを飲んでから、シャワーを浴びよう」に変わるのです。
一瞬、間を、空けられるのです。
「何だこのゴミ?」
一瞬の効果なので、僕はすぐにいつも通りの自分のルーティーンに立ち戻ります。
ビールを飲んでシャワーを浴びる。

しばらく無視してたんですけど、
そんな一瞬の効果も何度か続くといい加減に正体を突き止めたくなります。
いつものように夜九時過ぎに帰宅すると、その日も黒いコンマを見つけました。
僕はしゃがんでその黒い物体を間近で見ることにしました。
黒いゴミクズには泥や砂が付着しています。
その横を見るとレアの黒いスニーカーがありました。
いや、もう黒とは言えません。
泥と砂が何層にもなって乾燥して、
イスラム圏の土壁の家みたいに黄土色がかっています。
その泥と砂の隙間にわずかに残った黒い合皮が見えます。
ひらひらと剥がれている部分、
千切れた部分、
下地が出ちゃってる部分があります。
その黒いコンマは、スニーカーから剥がれた黒い合皮でした。

僕は生まれてこのかた、
スニーカーのパーツがこれほど削り取られて履き潰されるのを
見たことがありませんでした。
無慈悲なるドイツ人、
黒いゴムの切れ端とその横に並んだスニーカーを交互に見てそう思いました。

それからまた一ヶ月ほど経ち
帰国数日前にそのスニーカーは寿命を迎えました。
僕から言わせるとよくぞそこまで耐えたスニーカーよ、です。
靴の先端は穴が開き、
ソールは剥がれて歩行すらままならない状態になりました。
僕の仕事中にレアが現れてこう言いました。
「ごめんなさいイッシン、サンダルちょっと貸してくれる?」
彼女は僕のビーチサンダルを履いていました。
僕は「あげるから履いていていいよ」と言いました。
レアは「そんなの悪いからいいわ、貸してくれるだけでいいの」と言いました。
彼女は遠慮するので僕は「まあどっちでもいいよ」と言いました。

「ちょっとの間借りるわね。ありがとう!」と。
どっちにしろ僕には分かってました、
その後彼女が僕のビーチサンダルを履いてドイツに帰ると。
もちろん彼女はそうしましたし。

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