2014年8月4日月曜日

ゴザの上のコース料理

フランス人カップルのピエールとサビンは
日本に来て三ヶ月目です。
日本の生活にもだいぶ慣れたようで、
箸もうまく使います。

オーシャンに来る前は広島の農園にいたり、
九州の缶詰工場で働いたと言っていました。
彼らは共にパリでITエンジニアの仕事をしています。
会社に六年在籍すると、
六ヶ月か十一ヶ月どちらかの期間の休暇を取れ、
彼らは六ヶ月の休暇を選びました。

なぜ十一ヶ月ではないのかと聞くと、
休暇中は給料がもらえないから、
半年以上仕事をしないと生活が苦しくなると言いました。
僕なら一ヶ月給料がもらえなかっただけで生活が破綻しそうなので、
半年の休暇でもすごいと思っちゃいますけど。

サビンはパリでマンションを買ってそのローンがまだ残っている、とピエールが言いました。
ピエールはそのマンションでサビンと一緒に住んでいるんですけど、
結婚はしてないです。
フランス、イタリア、スペインといったカトリック教の国は離婚するのに十年二十年単位の時間がかかって、
裁判費用もうん百万円かかるから、
それが嫌でみんな結婚しないそうです。

オーシャンでウーフーをやっているスペイン人のホセは
別れた彼女との間に五歳の子供がいます。
だけど彼も結婚はせずに、
前の恋人とはただ「愛が終わった」のだと言っていました。
その場合子供はどうやって育てるんだ?
チャンスがあったら聞いてみます。

ピエールとサビンは五日間だけオーシャンに滞在して、
その後はニセコに向かいます。
この季節は田んぼの草取りという仕事があり、
労働力は多ければ多いほど良い、という状況なので、
ウーフーは短期でもウェルカムなのです。

「日本に来て困ったことは」と聞くと、
ピエールは「花火大会のときにフランス料理をコースで作ってしまったことだ」と言いました。

広島の小さな農園で働いているとき、
そこを経営する夫妻がフランス料理を作ってほしいと二人にお願いした。
ピエールとサビンは引き受けて、半日仕事の休みをもらい、
買い物をして夕暮れまで時間をかけて豪華な食事を作った。

鳥の冷たいスープ、
夏野菜のサラダ、
ビーフシチュー、
米とたまごと砂糖を使ったデザート。
これをコースで、順番に出す用意をした。

料理の準備が整ったことをピエールが伝えるとき、
主人は庭に敷いたゴザの上で、
ビールを何缶かすでに空にしているところでした。

「どこで食べますか?」とピエールが聞くと、
「ここで花火を見ながら食べよう」と主人は上機嫌になっている。
ピエールもサビンも外で、しかもピクニックのように食べるなんて考えてもいなかったので、
「どうしよう?どういうふうに料理を出そう?」と困りました。

だけど結局、最初の予定通りコースで出すことにしました。
庭のゴザの上には主人(黒くて頑健)と奥さん(優しい目)とその息子(三十代で堕落気味)がおり、
ピエールとサビン合わせて五人分の料理です。

まずカトラリーの用意です。
ナプキンが無かったので代わりにキッチンペーパーを使い、
フォークとスプーン、ナイフをくるんだものを五セット。
それから水とグラスのセット。
これらをゴザの上に並べました。
もうすぐ日が落ちて花火が上がりそうな時間でした。
奥さんが「何かお手伝いしましょうか」と言いましたけど、
二人はサービスに徹するつもりで「気にせず座っていてください」と言いました。

最初の一品にはサラダを出しました。
二人も腰を下ろし食べ始めました。
主人はこのとき日本酒を飲んでおり、
ピエールとサビンにもお猪口を渡し注ぎました。

サラダに少し手を付けてから、
今度はフランスパンをスライスしたものとバターの用意で台所の往復です。
続いてスープ。スープボウルが無かったので茶碗によそう。
その辺りで主人も奥さんもこれはコース料理だと気付いたようで、
「大変だから全部一緒にだしてくれればいいよ」と言いました。

「大丈夫」とピエールが言ってるうちに花火が上がりました。
スープを飲み、バターを塗ったパンをかじり、日本酒を飲んでピエールは思いました。
「日本酒とフランス料理は合わない」
主人はいつの間にか焼酎に変わっていたので、
その焼酎をもらうことにしました。

その間にビーフシチューを用意しました。
霜降りの肩ロースを使ったシチューです。
花火はドンドン上がり、
堕落した息子はシチューの中身を特に見もせず
口の周りを汚しながら食べて焼酎を飲んでいました。
ピエールは「焼酎とシチューも合わないな」と思ったそうです。
ショーチューとシチュー。語呂合いはいいんですけどね。

その後はデザートです。
「デザートはみんなあまり食べなかった
甘いお米というのが好みじゃなかったのかもしれない」とピエール。
うちでも作ってくれましたけど、
麦のお粥のポリッジに似ていて僕は好きでした。

花火が終わったのを合図に小太りの息子はひよいと立ち上がり、
口の周りを汚したまま一人で家に戻って行きました。

少しして主人も立ち上がり
「花火を見ながらコース料理が食べれるとは思わなかったな!」
と笑いながら家に戻りました。

ピエールは「花火を見ながら食べるならそうと言ってくれれば良かったのに。
フランスにはピクニックカルチャーがあって、
そうと分かってれば外で美味しく食べれるものを用意したのに」
と不平をこぼしました。
僕は「僕にも同じことをしてほしい」と言うと、
ピエールもサビンも満足気に笑いました。

「台所から畳マットの上にコース料理を運ぶのは一回きりでいいよ。
それに日本酒と焼酎、これは料理を選ぶ酒だね」
と結論をくだしました。

彼らは五日間滞在して、
「サヨナラ」と言って去っていきました。
僕は三個ぐらいしか知らないフランス語の一つ、
ボンボヤージュと言って見送りました。


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