2016年10月11日火曜日

ぼくと歯磨き

最近ココナッツオイルで口をゆすいでます。
朝いちばんにハミガキをしてから大さじ一杯のオイルを五分ほど口に含み、
そのあとは飲み込まずに吐きだす。
流しに吐きだすとココナッツオイルが排水管の中で固まって詰まるから
ゴミ箱に吐きだす。

試してみたことがないと油っこくて気持ち悪いと思うかもしれませんが、
風味の良い油は口に含んでも嫌な感じはしません。
料理をしているとオリーブオイルでも菜種油でも、
色んな油をそのまま味見するせいか、
油だけを口に入れることに抵抗がなくなります。

ココナッツオイルは歯のためではなく、
熱を加えても酸化しにくい油だと聞いたので
これで揚物をしてみようと買ったものがうちに放置されていました。
そこに母親がアメリカから半年ぶりぐらいにやってきて、
しばらく前から母親は歯が悪かったんですけど、
このアメリカで流行っているココナッツオイル健康法を試していたのです。

「歯と歯茎にいいらしい」と言うので、
ぼくもどうせしばらく使いそうにないココナッツオイルを開封して試してます。
だけど、幸運にもぼくは健康な歯を授かったので、
効果があるのかないのかあまり分からなさそうです。

うちの母親は昔から歯に関してはとくべつ気をつかっていて、
小さい頃から歯医者には半年に一度は定期健診に連れて行かれてました。
母親は超自然派志向で、ぼくは四人兄妹ですけど、
兄妹の誰一人として病院に連れて行かれたことはありません。
ぼくが2歳のときドーベルマンに頭を噛まれて血だるまになったときも、
消毒をして絆創膏を貼っておかれただけでした。
妹や弟に関しても、
肩が抜けたとか脱臼したとかで一度ずつ病院に行ったぐらいです。

しかし母親は、こと歯と頭痛に関しては自然治癒を認めていないらしく、
頭が痛いとなるとすぐに鎮痛剤を出し、
歯は悪くなる前に歯医者に連れて行かれる。

うちでは昔、歯磨き粉はいつもナスの真っ黒の
塩っぱい歯磨き粉でぼくはそれが嫌で本物のナスも嫌いになりました。
アクアフレッシュのあのキレイな三色の歯磨き粉に憧れていましたけど、
そんな着色料まみれのペンキみたいな物を
使わせるわけにはいかないと言われました。

旅先でハブラシがないときは、
指に塩をつけてそれで歯茎をこすりなさいと言われました。
妹や弟がハミガキをせずに寝てしまったのを、
母親が口を開けて磨いてやっていた光景をよく覚えています。

自分で歯磨き粉を買うようになってからはどれも変わらないだろうと、
セールになってる安いものを買っていた。
今使っているのは母親が泊まりに来て忘れていった
トムズというアメリカの会社のフェンネル味の歯磨き粉です。

フェンネルがずっと嫌いだったんですけど、
料理をするようになって畑でもフェンネルを育てていて慣れたのか、
このフェンネル味の歯磨き粉が好きになりました。

そういえば三、四年間は歯磨き粉を使っていない時期もありました。
歯医者でハミガキの指導をされたときに、
歯磨き粉を使うと泡立ってすぐに口がいっぱいになってしまうから、
長く磨くために歯磨き粉を使うなと言われてそうしてました。

歯磨きとはちょっと話しが変わりますが、
口内炎ができたときに当時付き合っていた彼女に痛い痛いと言っていたら、
赤く腫れている部位に塩を塗りつけて
ハブラシでゴシゴシこすると良くなるよと言われてやってみました。
今思うと、ぼくは何かダマされて復讐をされていたんですかね?

2016年10月7日金曜日

アパートを貫通する風

ぼくの部屋には北側にひとつ窓があります。
ぼくが好きな、アルミサッシの窓です。

ぼくはアパート住まいなんですけど、
自分の部屋というものがあります。
2LDKのメゾネットタイプで、
一階の玄関を開けるとすぐ階段になっています。
二階がLDKになっていて、
三階の二部屋に寝室とぼくの部屋があります。

妻には自分の部屋はありません。
彼女が居間の飾り付けなどを含めて自由に使うという条件で、
ぼくは自分の部屋を勝ち取りました。
結婚をして引っ越しをする前から
ぼくは自分の部屋が欲しいと主張していました。

しかし今、このアパートに引っ越してきて二年近く経ちますけど、
自分の部屋というものがいつの間にか無くなっていることに気付いた。
ぼくがなぜ自分の部屋に執着しているのかというと「自分の時間の確保」です。
ぼくは自分の部屋をシェルターのような、
内側からしか開けられない密室空間をイメージしていました。

結婚をしても、子供が産まれても、世界がどう転んでも、
「自分の時間の確保」だけは主張したかったんです。
一人の時間=アイデンティティの確保という考えがありました。

しかし子供が産まれた今、
部屋に閉じこもってさえいれば「自分の時間の確保」ができると思ったら
大間違いだということを知りました。
たとえ扉を閉じていたとしても関係なく。

「パパー!パパーー!!」
と大きな声がぼくを呼ぶ。
当然四ヶ月の娘じゃありません。
妻が寝室からぼくのことを呼んでいる。
娘が目覚めたので、娘の代わりに呼んでいる、というのです。

パソコンから振り向いて、南側の部屋の扉を開けると、
まるで外に出たみたいな風を浴びる。
寝室の扉は開いていて、
正面の寝室の奥のベランダにつながる建具も開け放ってある。
ぼくの部屋の扉がせき止めていた風は、
アパート二つの部屋を貫通して部屋中に風が踊りこみ、
これが水なら水浸しというように、風浸しになる。

ぼくはしばらくその風を浴びてボーと立つ。
いつも開けっ放しにしておくと
アパートには屋根も庇も短くて雨が降ったときは、
窓周りがひどく水浸しになるから気を付けないといけない。
ほんとは出かけるときも開けっ放しにして、
いつも空気が流れている状態だったらいいなと思うんですけど、
短い屋根と庇のせいで出かける前には戸締りのチェックが必要です。

ふいにドアが風圧のせいで大きな音を立てて閉まる。
ボーとしていたぼくはそれに驚く。
赤ん坊も驚き、妻も驚くけど、
学習せずに同じことを何度もやってしまう。

これは気密性が高い住居に起きる現象みたいです。
ぼくが好きなアルミサッシも原因の一つです。
これまでぼくはほとんどの人生を木枠の家で過ごしてきました。
木枠の家でこんな現象はありませんでした。
木枠の家にあることは、隙間風と雨漏りです。
ピッツェリア・オーシャンもわざと古木を使って木枠で仕上げてあります。
一見おしゃれなのかもしれませんが、
ぼくからすると「アルミサッシのが快適で楽だよなー」です。

結局、ぼくは何の話しがしたいということもなく、
ドアを閉めているからといって「自分の時間の確保」ができるわけではなく、
ドアを開けているからといって風圧で勝手に閉じられるんです。
ドア一つだって思い通りに開け閉めができないのに、
ブログを書くことやピザを焼くことが思い通りにいくものかと、
これは部屋を貫いていった風神の落としものの啓示なんですかね。

2016年9月26日月曜日

念願のオリジナルビール

念願のオリジナルビールを作ってきました!
オーシャンで扱わせてもらっているビール屋さんの〈Hyappa Brews〉
の力を借りまして、
1タンク180リットル仕込んできました。

〈Hyappa Brews〉の醸造所は蒲郡市西浦の、
オーシャンから車で15分ほどのところにあります。
辞めてしまった酒屋さんを改装して、
昔は牛乳を作るために使っていたタンク設備を改造して
三年ほど前に始動しはじめた醸造所です。

ぼくらオーシャンスタッフ勢は12時に現地集合しまして、
まずアメリカ人オーナーのクレッグとともに働く美人醸造家である
富成さんのビール講義を受けました。
麦芽の作り方、ホップの選び方、熟成による味の変化など。

いろんな麦芽を味見させてもらいました。
大麦から小麦、黒くなるまで炒ったもから炒らないものまで、
(麦芽をローストしたりするのがコーヒー豆のようです)
同じ麦でも風味がぜんぜん違います。
噛んだときに甘味、苦味が滲んでおいしいグラノラという感じです。

ぼくらの作業は麦芽を挽くところからはじまりました。
普段は業務用の電動ミルで挽くそうですけど、
この日は特別に手動のミルを出していただきました。
「機械使ったらすぐ終わっちゃうし、疲れたほうが楽しいでしょ?」
というクレッグの考えで。
日本ではまず見かけないですが、
アメリカでは家庭醸造が一般的に行われているので、
こういう手動のミルは珍しいものではないそうです。

【手動ミルで麦芽を挽く】

オリジナルビールの麦芽配合は
小麦を一割ぐらい、大麦を九割ぐらいです(数量を聞くのを忘れた)。
小麦麦芽は硬くて挽くのに力がいります。
大麦麦芽は軽くてすいすいと簡単に挽けます。

この砕いた麦芽をタンクに入れて水を張り、
かき混ぜつつ一時間か一時間半ぐらい煮ます。
ビールっぽいといえばビールっぽい、甘い匂いが室内に広がります。
これがビールの基となる麦汁です。
タンクの中を覗くと、濁った感じが味噌汁みたいです。
この味噌汁のような麦汁を濾します。
この濾され方も面白くて、
中に沈殿した麦芽自体が自然のフィルターとなって
きれいな麦汁となって出てきます。

【麦汁をかき混ぜる】

作業工程は複雑ではないものの、簡単ではありません。
温度管理や決められた時間煮沸したり、
煮ては冷ましては、材料を入れてまた煮ては冷ましてと続きます。
一、二時間待っては次の作業というように中休みがけっこうあります。
その中休みに持ってきたソーセージをBBQで焼いたり、
ヒャッパのビールを飲んだりして過ごします。

麦汁ができたら今度はホップを入れます。
ホップはドイツのマンダリナ・バーバリアという
オレンジ系の香りのものを選びました。
ホップは煮沸させている麦汁の中に三回に分けて投入しました。
最初にホップを入れて一時間、
煮沸を終える五分前に二回目。
最後に火を止めて残りのホップを入れる。
同じホップでも入れるタイミングで
引き出される苦味や香りが変化するのです。
ここまでの段階を経た液体をウォートといいます。
グリーンビアー(ホップを入れて緑ぽくなったから)ともいうそうです。

【笑顔でホップを入れる】

このあとウォートチラーという設備でウォートを20度まで下げます。
そしてようやくアルコールを作るところまできました。
通常ならここでタンクに酵母を入れて発酵というところですが、
それではオリジナルビールの甲斐がないですから、
ここで用意してきた材料を出します。

今回は容器を分けて4パターン仕込みました。
①レモングラス
②レモングラス+摘果みかん
③パクチー
④青梅黒糖蜜

【レモングラスの収穫】

【雨が降って元気になってきたパクチー】

今の季節の元気なハーブや果実を選びました。
青梅黒糖蜜は入れることで、
糖度が他と比べて高くなるのでしっかりしたボディー、
アルコール度数も高めになるかもしれません。
他のフレッシュハーブ類はどんな特徴が現れるのかぼくにはまだ想像できません。
クレッグも富成さんも「まあいいんじゃない」とはいうんですけど。
フレッシュパクチーをたくさん入れたビールが
飲めるものになるのかどうか心配になります。
摘果みかんのせいで酸っぱくなりすぎたらどうしよう。
できあがりを待つしかありません。

【ウォートを注ぐ】

タンクにこれらのハーブや果実を入れた中にウォートを流し込み、
最後に酵母を入れます。
酵母にもいろんな種類があるそうで、
もうどんな掛け合わせでどうなるのかというのがさっぱりイメージできません。
もう任せますという感じで、
レモングラスやパクチーのほうには胡椒のピリッとした味の出る酵母を、
青梅黒糖蜜のほうにはこの味自体を邪魔しない酵母を選んでくれました。

20度に設定した貯蔵庫の中で十日ほど発酵させたらアルコールができます。
そのあと樽詰めにして砂糖を入れて炭酸を作ります。
計一ヶ月で飲めるところまでいきます。
ものによっては熟成させるとより一層美味しくなるということです。

十月の終わり頃にビール完成パーティーなどできたらと思ってます。
そのときはぜひ飲みに来てください!

2016年9月6日火曜日

動揺してますか?

みなさんは動揺したとき、
何か良い対処法を持ってますか?

人が一日にどれだけの回数、
どれだけの重さで動揺するのか分かりませんけど、
自分の動揺レベルを解析すると
「回数は多く、中身は軽い」といった感じだと思ってます。

たとえばぼくがどんなことで動揺するかというと、
一言で、対人関係につきます。

ぼくはピザ職人でサービス業ですから
毎日色んなお客さんとも接するし、
十人ほどのスタッフとも接します。
で、動揺するときはどんなときかと考えると、
人と接しているときには動揺はないんですよね。

人との会話などで触れ合った後、
思い返すときに想像の世界の中で動揺しているんです。

自分の振る舞いは正しかったのか?
自分の言い方で誤解を与えてしまったんじゃないか?
面白いと思って言ったけど失礼だったかな?
などなど、過去の自分を振り返って動揺します。

動揺するとどうなるか。
ぼくは独り言を連発してしまう。
「しまった」
「やっぱりな」
「ああーくそー」
「なんでだ、なんでなんだ」
というような単語を
皿洗いやピザ生地を丸めるときみたいな単純作業をするときに、
ブツブツ無意識に口に出してしまうんです。

一応、独り言は無意識に選び抜かれてこれらのものになっています。
周りの人が見てあいつは狂ってると思われないように、
今の作業に当てはめてもおかしくないような抽象的な言葉です。
だから周りのスタッフが「どうかしました?」と声をかけてくれても、
ぼくは「いや、今日の生地が思ったよりも硬くて」とか
「この皿にこびりついたチーズがさー」みたいに誤魔化しています。

実はその二、三時間前のミーティングで自分が怒りに任せて暴言を吐いたり、
二、三ヶ月前に来てくれたお客さんに対して
「もっと違う接客をすれば良かった」ということや、
二、三年前に静かな店内で何枚も重ねた皿やグラス類をぶちまけて、
衝撃的な音を響かせてしまったことなど、
けっこう過去まで遡って動揺してるんです。

は!
今また無意識に「しまったなー」と言ってしまいました。
ぼーとした一瞬の空漠とした感覚に「しまったなー」と言ってしまいました。
何に動揺しているのか分からない。
もしかしてこの動揺って、
集中しているときにその作業(今ならブログを書くこと)から
気持ちが離れてしまったことに対して集中し直そうとする条件反射なのか?

集中の反対語を、動揺というんですか。
だけどそれだとピザ生地を丸めてるときとか皿洗いしてるときにも
独り言をいう意味が分からない。
だって別に集中したいと思ってないのに。
むしろ単純作業に飽きるから他のことを考えたい。

なんだかえらくややこしくなってきた。

フラッシュバックは単純作業のときに多いです。
記憶の中でいちばん鮮明な記憶は、失敗の記憶ですよね。
そう考えれば、
ぼーと浴室でシャンプーなんかしているときに
自分が思い出したくない記憶が脳裏に浮かんで「くそ!」と
反射的に大きな声で吠えてしまったりするんですけど、
納得できる気がしてきます。
居間でテレビを見ている妻が「どうしたの?何があったの?」
というんですけどぼくは「いや、なんもないよ」と苦笑いする。

表現とは記憶のことだというのがピカソの名言ですけど、
記憶とは失敗のことですね。
うまくいった記憶はあまり思い出せません。

よくよく思えば、ぼくはこの失敗という記憶にオープンです。
箱に詰めて押入れに放り込んでしまうこともなく、
いつでも眺めることができるように、
壁に画鋲で貼り付けてあってふとパソコンから目を離すと
周りは失敗をしている自分だらけなのが見える。
「なんでこんなことばっかりなんだ」と自分はいう。

動揺に強くありたいとぼくは望んでましたけど、
その特訓法がこの失敗の記憶を、
壁に画鋲で貼り付けておくことなんだという気がしてきた。
人間は無意識なる特訓を編みだすみたいです。

動揺しそうな場を避けがちのみなさん、
どうですかこの対処法。
色んなことに日々わざと動揺してみてください。
いざってとき、たとえば好みの異性が目の前に現れたとき、
動揺して口も聞けないなんてことがないようにしましょう。

この特訓の難点が一つあります、独り言が多くなることです。
くそっ!

2016年8月24日水曜日

今週日曜はRIDEALIVE2016

今週の28(日)は名古屋の自転車屋さんサークルズのイベント
『RIEDALIVE2016』開催のため、
ピッツェリアの通常営業は14時までとさせていただき、
それ以降は貸切りとなりますのでよろしくお願いします。

RIEDALIVEは今年で3年目です。
27日より自転車で走る人たちはスタートして
(コースは個人の自由で、到着地点だけが決まっている)、
三河高原でキャンプをした後に、
オーシャンがゴール地点となっています。

毎年、大勢の自転車乗りの方を迎えるのが楽しみです。
ゴール地点で参加者をお出迎えするというのは
特等席で観戦できるようなものなんですけど、
みんながゴールしたら今度はぼくを含めたピッツェリアスタッフが
ピザ100枚を焼くレースがスタートしますので、
ぼくはこのとき緊張しながら、ゴールして安堵する人たちを見ています。

ゴール地点で苦しそうな表情を見せる人は一人も見当たらなくて、
「絶対に楽しむ!」という雰囲気が参加者の笑顔から伝わってきます。
ぼくはこれに刺激を受けつつ、さらに盛り上がりに火をつけれるように、
どしどし最高のピザが焼けるように楽しみたいです。

2016年8月10日水曜日

この人がいるから働きたい

この人がいるから働きたくないとか、
職場の人間関係が辛くて、
という理由で仕事を辞める人がけっこういると思います。

仕事を選ぶときは仕事内容で選ぶんだけど、
仕事を辞めるときは人間関係が理由になる。

自分には人間関係が理由で仕事を辞めた経験はないけど、
色んな職場の人の流れを見ていてそんなふうに思いました。
やりたいと思って選んだ仕事なのに人間関係で辞めるのは本人にとって
良いことなのか、悪いことなのか、仕方がないことなのか?
職場に残る人にとってそういう原因を、
辞めていく人の問題だけにして自分たちの問題にしなくていいのか?
なんてことを考えてます。

ぼくは人間関係での悩みは少ない方だと思っているんですけど、
もしかしたら自分の意識してないところで人に圧迫感を与えて
苦しめたりしてることもあるかもしれない。
または、人間関係で苦しんでいる人がいるのにも関わらず、
自分が余計な悩みを抱えたくないので無意識に敬遠してることも
けっこうある、それはあなた自身で解決してくださいみたいな。

人と接するときに「距離感」という言い方がある。
どこで線引きをするか、ぼくはあんまり干渉をしない方で、
たとえばぼくは二年間シェアハウスの管理人をしていたけど
日本人もヨーロッパ人もラテン系もアジア系の人とも同居してみて、
疲れたという記憶がありません。

これはぼくが人と接するのが上手いとか、
コミュニケーションがしっかり取れてるとかではまったくなく、
むしろその逆で、
相手に干渉しなかったからです。

ホセというがさつなスペイン人が同居人で来ていたとき、
彼はきれい好きではなかったので部屋がどんどん荒れていった。
土足でベッドに寝転ぶし、
畑から泥だらけの足で帰ってきてそのまま部屋に上るという感じで、
日本のルールを無視する人がいても、
ぼくはそういうことを一つも気にせず、
たまに遊びに来たスタッフがひどい有様を見て
やっと注意をしてもらったぐらいです。

たぶんぼくは管理人としてはダメな人で、
グループ内のルールを決めたりすることがめんどくさいと思ってしまいます。
ぼくの対人関係での悩みの少なさは、
相手に干渉しないところから来ていそうです。
別の見方では、対人関係を築こうとしないから悩まないだけとも。

お互いに干渉さえしなければ平和が保たれますよね。
だけどそれは、
周りがどんどん崩落していって自分の足場が崩れるまでの
つかの間の平和だけかもしれない。

そこで話しを戻すと、
職場内の人間関係で辛くなったり苦しくなったりする人は、
こんな二つの理由があるんじゃないか。
一つが周囲の人から仕事のことで干渉されること。
「効率が悪い」「そのやり方は間違ってる」「何で教えたことができないのか」
など、自分の仕事を認められずにできてないことばかり指摘される。
またもう一つが対人関係を築きたいのに築けないこと。
グループから仲間外れにされるような疎外感、孤独感で、
「自分はこの場に合わない、受け入れられない」というような感覚。

もちろん人間関係の悩みは千差万別でしょうけど、
周りから認めてもらって輪に加わってる安心感が人には必要かもしれない。

強者揃いの会社にはそんな安心感はぬるま湯以外の何物でもない
っていうふうにも言えます。
自分の居場所は自分で勝ち取るものだと。
相手に干渉されるような仕事しかできてないんじゃダメだよねと。

会社がオーケストラで、職場がコンサートの舞台だとしたら、
自分の担当のヴァイオリンならヴァイオリン、
ピアノならピアノをさっと演奏して舞台が終わったらささっと帰る。
そこで必要なことは個人の能力に磨きをかけることで、
楽団員同士の円満な関係ではないですよね。

それは分かるんです。
楽団員同士の好き嫌いで自分の演奏を振り回されるのは、
そもそも自分の演奏能力がプロレベルに達していないからだと。
出直してきなさい、と。
だけど、そこで人は簡単に自分が頑張ってきたヴァイオリンを嫌いになる。

反対に、好きでも嫌いでもなく就職した職場で、
尊敬できる先輩が出来てはじめて仕事が好きになる人もいる。

こんなコンセプトのもとで働きたい、よりも、
この人がいるから働きたい、
という理由で選ばれる職場のほうが良い職場だという気がするんですけど、
どう思います?

2016年8月1日月曜日

鳩の占拠

うちの実家は築80年だそうで、
宮大工が釘を一本も使わずに作ったしっかりした家だけど
けっこうガタがきている。

今年の冬のことだった。
実家の玄関の外に立っていたら
鳩がやたらと上空を飛んでいることに気付いた。
上空といっても空までいかない。
実家の二階の屋根に何羽か並んでいたり、
そしてその鳩の出処はうちの破れた軒下からだった。

古い板張りの軒下が割れて鳩が入れるほどの隙間で、
そこから次々に、
マジックショーかと思うぐらい五羽も六羽も飛び出していた。
飛び出していく鳩もいれば帰ってくる鳩もいて、
我が物顔でするっと入っていきちょっとだけ顔を出して、
道路沿いから見上げるぼくのことを怪しい人かのように見る。

よくよく足元を見ると、
白や黄色が混じった糞で道が汚れている。
思わずぼくは後ずさった、今にも頭の上に落とされそうだ。
「ここはいつから鳩に乗っ取られたのか?」
ぼくはすぐ家の中にいる父親にこの事態を伝えに言った。

「昼寝してるとよく屋根裏からクルルル、クルルルなんて音がするわ」
と鳩がいることは知っていた。
早めに対策を取らなきゃ家がひどいことになるんじゃないかとぼくは言った。
「おれが鳩を追い出すか、鳩におれが追い出されるか、だな」
とゆっくり構えている。

考えが実行に移されるまでに時間のかかる父親であるけれど、
今回は想像以上に対応が早かった。
(それでも春まではかかったけど)
暖かくなって父親がコタツから出れるようになった頃、
父親は鳩を追い出す作戦に乗りだした。
知人の協力のもと天井を剥がして、
鳩を全部追い出してから、破れた軒天を修復するという計画だ。

鳩がどれだけの期間うちの実家の屋根裏を占拠していたのか、
ぼくは正確には知らないけど、
その天井を剥がそうと手をかけた途端メリメリ音がしたと思ったら、
天井の一部が丸ごとどっさり落下した。
粉塵でモクモクしたものを見るとそれは100キロ近くもある鳩の糞だった。
それは粉塵ではなく、糞塵だった。

これは普段父親が寝起きしている部屋の天井のことで、
つまり仰向けになって見える天井越しには100キロの鳩糞があり、
それが日増しに増えていっているということで、
おそらくもう少しのところで父親は寝ているところを
重さで耐えきれなくなり天井を突き破った鳩糞に埋もれて死ぬところだった。

ともかくその鳩糞は軽トラでゴミセンターに二往復分の量があった。
そして屋根裏をのぞくとそこにはまだ飛べない鳩の子供がいた。
一ヶ月後父親に会うと
「今、鳩の子供が飛ぶ練習をしてるから、たぶんもうすぐ出て行くわ。
そうしたら軒天を修理すればいい」
と言う。
これを人に話すとなんだか優しい気持ちになるわーと言っていたけど、
ぼくはここまで、生死ギリギリのところまで人間が鳩に追い詰められた
話しを聞いたことがない。