バジルペストを作りました。
外に植わってるバジルはもうトウが立っていけませんけど、
ハウスで育ってるのはまだ柔らかいです。
いつもはフードプロセッサーで作ってますが、
昨日はすり鉢を使いました。
葉っぱは250グラムぐらいで、
擦るだけで30分近くかかったと思います。
フードプロセッサーなら30秒です。
すり鉢でゴリゴリすっているときカウンターにはお客さんがいて、
この仕事にはそれに見合った価値があるかないかを聞かれ、
それは僕も自分でやっておきながら疑問に思ってたことでした。
たとえば3000円のステーキを食べるとき、
霜降り和牛で喜ぶ人と、
熟成された赤身を喜ぶ人がいます。
この価値観の対立は明確で、問題ないです。
グルメ人は霜降り和牛を批判して「そんな脂っこいものを」と言い、
でも一般的に肉はとろけて柔らかいのが美味しいと思う人が多いので、
3000円の使い道は幸福指数の大きいほうに使えばいいだけです。
だけどもしこの3000円の霜降り和牛が、
半額の1500円になって「同じ味」だったらどうするか?
半額になるにはそれなりの理由があるので、
肉であれば人工的にラードを注入すれば安い霜降りができる。
その「霜降り」と「霜降り風」が同じ味だったら?
人工ということが悪いのだったら、
本物の霜降りだって育てるのにコントロールしますから、
生前に人の手を加えることと、
解体後に手を加えることの間に、
どれだけ人工的レベルの違いがあるんだろう。
肉は極端なたとえですけど、
バジルペストも同じように、
すり鉢を使ったものとフードプロセッサーを使ったものに
大した違いがなかったら、
「うちのペストはすり鉢でやってるから香りがちがうよ」
なんて言うのは言葉の飾りだけになってないか?
中身にすごいちがいが生まれれば最高なんですけど。
それとも小さな差でも、
たくさんの人が共感する小さな差なら、
「やっぱりペストはすり鉢よね」ということになります。
今日はこのペストを味見してみます。
(昨日は腕が疲れて料理する気を失った)
へへへー楽しみだ。
自分は苦労した分、
中身に違いがあってもなくても関係ないんですよねー。
時間を注いだだけ勝手に愛情がこもっちゃいますから。
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