2012年7月9日月曜日

マサル(上)

頭の中で「できない」とかっていう言葉が反響していても、
何かに追われてるときは頭よりもからだが先に動くから、
とりあえず何かできる。

追われるといえば、時間に追われることが圧倒的に多い。
でも、時間に追われるのはまだマシなほうだと思う。
いちばんイヤなのは怖い先輩に追われるときだ。

中学から高校の頃、僕よりも五、六歳上の先輩にマサルという人がいた。
彼はいつも偉そうに、頭が弱い僕ら後輩をこき使っていた。
たとえば早朝、僕がまだ眠っている時間に電話がかかってくる。
「新聞とタバコを買ってこい」
こういう内容だとはじめから分かってるので、僕は携帯を無視する。

でもマサルは無神経というか神経が太いというか、
今度は家の電話にかけてくる。
そして巨体に似合わない猫撫で声で僕の家族を欺き、
結局僕は電話に出ないといけなくなる。
猫撫で声から一転、ドスを利かせた声で相手を支配する。
「お前、何で電話出ねえんだ」
「あ、いや、うーあー、ああ、ね!寝てたんっす」
威圧する声ってイヤなもんです。
嘘もバレバレになってしまいます。
「嘘付くなよおい。嘘だろ?」
「ほんとっす!」
「まあ、いいわ。新聞とタバコ買ってきてくれ」
もうこうなると心理的に追い込まれてるから断れない。
「りょ、了解っしゅ!」となる。

しかし追い込まれれば後輩でも何かしらアクションを起こす。
こき使われていた僕ら後輩はいつも三人だったけど、
いつもその中の誰か一人がマサルの魔の手から逃げていた。
携帯も電源オフ。
家電にも当然出ない。
誰が家に来ても居留守。
学校にも行かず完全引きこもり。

しかしマサルは蛇のようにしつこく、たぬきのようにデブだ。
思春期の男子は一週間も引きこもっていられない。
久しぶりの携帯電源オン。
ダムの決壊が起きる。何十件というマサルからの留守電とメール。
巧妙なのはその中に後輩である他の二人からもメッセージがあることです。
(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿