頭の中で「できない」とかっていう言葉が反響していても、
何かに追われてるときは頭よりもからだが先に動くから、
とりあえず何かできる。
追われるといえば、時間に追われることが圧倒的に多い。
でも、時間に追われるのはまだマシなほうだと思う。
いちばんイヤなのは怖い先輩に追われるときだ。
中学から高校の頃、僕よりも五、六歳上の先輩にマサルという人がいた。
彼はいつも偉そうに、頭が弱い僕ら後輩をこき使っていた。
たとえば早朝、僕がまだ眠っている時間に電話がかかってくる。
「新聞とタバコを買ってこい」
こういう内容だとはじめから分かってるので、僕は携帯を無視する。
でもマサルは無神経というか神経が太いというか、
今度は家の電話にかけてくる。
そして巨体に似合わない猫撫で声で僕の家族を欺き、
結局僕は電話に出ないといけなくなる。
猫撫で声から一転、ドスを利かせた声で相手を支配する。
「お前、何で電話出ねえんだ」
「あ、いや、うーあー、ああ、ね!寝てたんっす」
威圧する声ってイヤなもんです。
嘘もバレバレになってしまいます。
「嘘付くなよおい。嘘だろ?」
「ほんとっす!」
「まあ、いいわ。新聞とタバコ買ってきてくれ」
もうこうなると心理的に追い込まれてるから断れない。
「りょ、了解っしゅ!」となる。
しかし追い込まれれば後輩でも何かしらアクションを起こす。
こき使われていた僕ら後輩はいつも三人だったけど、
いつもその中の誰か一人がマサルの魔の手から逃げていた。
携帯も電源オフ。
家電にも当然出ない。
誰が家に来ても居留守。
学校にも行かず完全引きこもり。
しかしマサルは蛇のようにしつこく、たぬきのようにデブだ。
思春期の男子は一週間も引きこもっていられない。
久しぶりの携帯電源オン。
ダムの決壊が起きる。何十件というマサルからの留守電とメール。
巧妙なのはその中に後輩である他の二人からもメッセージがあることです。
(つづく)
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