2013年5月26日日曜日

野次と掛け声

僕は野次が好きです。
「僕は野茂が好きです」ではありません。
それではホモになってしまいます。
野球観戦とか芝居とかにある、
「よっ」とかいう掛け声が合わさった
失敗を笑いにかえるような野次が好きです。
国会とか記者会見にあるような、
修辞のない野次はただうるさいだけです。

昨日は結婚式でした。
今まで行った結婚式の中で
いちばん野次の多い結婚式でした。
結婚式で野次が多いなんていうと、
なんだかひどかったような言いようですけど、
ぜんぜんひどくはなかったです
(親族がどう思ったかは分からないですけど)。
小学生ぐらいから三十路を過ぎてまで一緒にいる友人
ばかりの場所ということもあるのでしょう。

たとえばこういう場面がありました。
新郎友人のN村が余興で酔っ払った勢いで飛び出した。
みんなを笑わそうと飛び出したけど、
何も思いつかず止まってしまう。
そこで友人席から野次が飛ぶ。
「分かる!分かるよその頭がまっ白になる気持ち。
おれもさっきなったから、早く引っ込め!」
と、スピーチを失敗した友人が言う。
「身ーの為、身ーの為、身ーの為」と周りから合唱が起きる。

N村が変な声で変な歌を歌う。
「祝いの場でとんでもねえことをするな」
そこでまた止まってしまったところに一声。
「よっ、ポテンシャル!」
今度はN村はマイクを下半身に当てて踊り、
「これは子孫繁栄の儀式です!」と言う。
会場は静まりかえりましたけど、
N村は仕事をやり終えた感じの満足な顔で帰ってきました。

それで思ったのがこの、
「よっ、ポテンシャル」
というニュアンスがどの野次にも含まれている。
その場に立った人を想像以上の場所まで引っ張るような野次。
もしこういう野次や掛け声がなかったら、
そそくさと席に引き返してしまってたんじゃないか。

やめてもらいたい野次というか掛け声もあります。
スピーチとかで涙を流す人に向かって
「がんばれ!」というのです。
「がんばれ、もうちょっとだ!」とか、
何をがんばれって言うのか。
そういう掛け声は恥ずかしいし、寒気ものです。

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